噴水の村
集落は、死にかけていた。
街道を外れて半日ほど南に下った場所に、二十軒ばかりの家屋が身を寄せ合うようにして建っていた。屋根の茅は抜け落ち、壁の漆喰は剥がれ、家畜の姿はどこにもない。
畑があった場所だけは、わかった。土の色が違う。だが耕された形跡はなく、黒ずんだ土がひび割れて、乾いた風に粉を散らしている。
「ひどいな……」
カレは呟いた。ソルミ村も貧しかったが、ここはそれ以上だった。
集落の中を歩くと、人影がまばらに見えた。老人。女。子供。男たちの姿が少ない。食べ物を求めて出稼ぎに行ったか、あるいは——もう戻れないのか。
痩せた子供がカレたちを見つめていた。目だけが大きく、手足は枯れ枝のように細い。カレは視線を逸らせなかった。
老婆が一人、よろめきながら近づいてきた。
「旅のお方。水を……少しでいい、水を持っていないか」
「水?」
「井戸が枯れて三月になる。雪解け水で凌いでおったが、それも底を尽いた」
カレは水袋を差し出した。老婆が震える手で受け取り、一口だけ飲んで、残りを子供たちに回した。
サンポが失われてから、世界が衰えている。老ルーノイヤの言葉を聞く前から、それは知っていた。だが目の前の光景は知識とは違った。乾いた土、痩せた顔、渇いた喉。理屈ではなく、肌で感じる崩壊。
「俺が歌で水を湧かせる」
気づけば口にしていた。
アイノが冷ややかな視線を向けた。
「制御できるの?」
「やってみなきゃわからない」
「それが一番危ないのよ」
正論だった。だがカレの足は止まらなかった。
集落の中央にある石組みの井戸は、底が干上がっていた。覗き込むと、湿った土すらなく、白っぽい岩盤が剥き出しになっている。
カレは井戸の縁に手を置いた。目を閉じる。
水脈の「真の名」を感じ取ろうとした。
地の底に何かがある。遠い。深い。だが——ある。水の気配。ルーノの直感がそれを告げていた。カレワラの大地に走る水脈の一筋。干上がった井戸の遥か下で、まだ流れている。
「聞こえる」
カレは歌い始めた。
定型歌ではない。水脈の本質に触れるための、カレだけの言葉。大地の下を流れる水の名前。冷たく、澄んで、暗い場所を這うように流れる命の筋。
最初は何も起きなかった。
やがて、井戸の底から微かな音がした。石の隙間を水が押し上げる音。じわりと染み出し、溜まり始める。
「出た——」
老婆が声を上げた。
その瞬間、カレの制御が外れた。
水は湧き出すのではなく、噴き上がった。
井戸の口から水柱が立ち昇り、空に向かって吹き出した。三メートル、五メートル——噴水のように水が噴き上がり、周囲に飛沫が飛び散る。
「きゃっ!」
子供たちが悲鳴を上げて逃げ惑った。老婆が転び、カレ自身もずぶ濡れになった。
「止まれ、止まれ——」
歌を止めようとしたが、一度開いた水脈は勝手に暴れた。出力の加減がまるでできていない。真の名を感じ取る直感は鋭いのに、手綱を握れない。蛇口のない水道のようなものだった。
やがて水圧が自然に落ち着き、噴水は穏やかな湧き水に変わった。井戸に水が満ちていく。透き通った、冷たい水。
カレはずぶ濡れのまま、井戸の縁に座り込んだ。
「……結果としては、成功か」
周囲に水たまりができていた。子供たちが恐る恐る近づき、井戸を覗き込んで歓声を上げた。老婆が手を合わせてカレに感謝の言葉を述べた。
だがアイノの声は冷たかった。
「力があっても使えなきゃ意味ないわ」
言い返せなかった。
結果的に井戸は蘇った。集落の人々は喜んでいる。だがあの暴発が人に向いていたら、建物に向いていたら。力の大きさは制御の精度を伴わなければ、凶器と変わらない。
集落を出る時、カレは拳を握りしめた。
「次は、ちゃんと制御する」
アイノの背中は相変わらず冷たく、カレの言葉に振り向きもしなかった。




