表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歌えない魔法使いは追放された ~才能ゼロの烙印を押された歌は、世界を創り変える禁呪だと誰も知らない~  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

56/104

不器用な二人旅

 二人旅の初日は、沈黙から始まった。


 カトゥマ廃村の見送りを背にして西の街道を歩き始めた頃、朝霧はまだ足元を覆っていた。白樺の梢から雫が落ちるたびに、カレは隣を歩くアイノの横顔をちらりと窺った。


 白銀の髪を編み上げ、カンテレを背負い、前だけを見ている。


 廃村を出てから一度も振り返らなかった。カレが「必ず帰る」と誓った場所を、アイノは見送りの光景ごと置き去りにした。帰る場所のない人間にとって、他人の約束はまぶしすぎるのかもしれない。


 カレはそう思ったが、言葉にはしなかった。言えば余計なことになるとわかっていた。


「荷物、持とうか」


 代わりに出てきたのは、そんな間抜けな申し出だった。


「自分のことは自分でやるわ」


 即座に断られた。声に苛立ちが混じっている。


「……だよな。悪い」


 それきり、沈黙が戻った。


 歩幅が合わない。カレが少し早く、アイノが少し遅い。いや、違う。アイノは自分のペースを崩す気がないだけだ。カレが合わせるしかない。


 歩調を落とした。無理に並ぼうとせず、半歩ほど前を歩いた。道を知っているわけではないが、少なくとも石や倒木を先に見つけて避けることはできる。


 アイノは何も言わなかった。


 街道は古い。カレヴァの東から西へ、タルヴァス河に沿うように延びる幹線路だが、人の往来は少ない。飢饉が広がってからは交易も細り、かつての賑わいを示す石造りの道標だけが朽ちかけていた。


 昼を過ぎた頃、カレは口を開いた。


「そろそろ休憩にしないか」


「いちいち聞かないで。休みたいなら勝手に休みなさい」


「いや、アイノが疲れてるかなと——」


「疲れてないわ」


 嘘だった。アイノの足が一瞬もたついたのをカレは見ていた。しかし指摘する勇気はなかった。


 黙って水袋を差し出した。アイノは横目で見て、数秒の間を置いてから受け取った。


「……次からは勝手に置いておきなさい。手渡しじゃなくていいから」


 不器用な受け取り方だった。カレは少し安心した。拒絶ではない。距離の取り方を探っているだけだ。


 午後の行軍は、少しだけ楽になった。二人の間に会話はほとんどなかったが、沈黙の質が変わった。ぎこちないだけの沈黙から、互いの存在を認めた上での沈黙へ。


 ふと、背中に視線を感じた。

 振り返ると、アイノがすぐに目をそらした。一瞬だけ見えたその目は、何かを測るような——冷たい光を帯びていた気がした。

 気のせいだろうか。カレには判断がつかなかった。アイノが自分に同行している理由を、カレはまだ正確には知らない。ロヴィアタルに頼まれたとは聞いたが、それだけだろうか。あの冷たい目の奥に、何か別の目的があるのではないか。

 だが考えても答えは出ない。カレは前を向き直した。

 アイノの足取りが、なぜか重くなっている気がした。苛立っているのだろうか。何に対して。カレの不器用な気遣いが、かえって迷惑なのかもしれない。


 夕暮れが近づいた頃、街道脇の丘の上に野営に適した窪地を見つけた。


「ここにしよう」


「あんたが決めるの?」


「……じゃあアイノが決めてくれ」


「ここでいいわ」


 結局同じ場所だった。カレは呆れつつも、荷物を下ろした。


「私が火を起こすから、あんたは水を汲んできて」


 初めての役割分担だった。言葉は命令口調だが、そこには旅の仲間としての最低限の信頼——いや、信頼と呼ぶにはまだ早い。実務的な判断だ。


 カレが近くの沢から水を汲んで戻ると、アイノが器用に焚き火を起こしていた。ルーノではなく、火打ち石で。


「歌で灯さないのか」


「無駄な歌は使わないの」


 もっともだった。


 焚き火の傍で簡素な夕食を取った。セッポからもらった干し肉と、道すがら採った野草の汁物。温かい食事が胃に沁みた。


 食事の間も会話はほとんどなかった。だが不思議と居心地が悪くはなかった。


 西の地平線に夕日が沈んでいく。空が赤く染まり、やがて藍色に変わる。


 アイノが水袋の蓋を閉めながら、ぽつりと呟いた。


「この先の集落は飢饉がひどいらしいわ」


 カレは焚き火の向こうにアイノの横顔を見た。夕闇に溶ける白銀の髪。紫がかった青い瞳が、西の空を映している。


 その目は、何を見ているのだろう。


 飢饉の集落。カレの歌の力が、初めて試される土地が近づいている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ