ばあさんの遺志
葬送の朝は、晴れていた。
廃村の人々が洞穴から戻ってきたのは、夜明け過ぎだった。半壊した村を見て驚き、季節外れの緑に目を見張り、そしてロヴィアタルの死を知って——泣いた。
年長のセッポが最初に動いた。黙って斧を取り、薪を割り始めた。その音を聞いて、一人、また一人と手を動かす者が増えていく。言葉はいらなかった。やるべきことを、皆がわかっていた。
マルヤが花を摘んできた。カレの歌が呼んだ季節外れの花——それをロヴィアタルの枕元に並べた。ヴェイッコが泣きながら薪を運んでいた。
「あの人がいなかったら、この村はとっくに消えていた」
セッポが呟いた。老婆を恐れていたはずの人々が、黙々と弔いの準備をしている。ロヴィアタルは「魔女」と呼ばれ、距離を置かれていた。だが同時に、この廃村で最も頼りにされていた存在だった。
薪が積まれた。
カレがロヴィアタルの亡骸を抱え上げた。軽い。昨夜も感じたが、改めて思い知らされる。こんなに小さな体で、あれだけのものを守り続けていたのか。結界を張り、薬草を煎じ、カレに歌を教え、この村の全員の暮らしを支えていた。その全てを、この細い腕で。
胸が潰れそうだった。
師の体を薪の上に横たえた。白い髪が風に揺れた。穏やかな顔。最後に笑っていた顔。
セッポが火を差し出した。カレが受け取り、薪に点じた。
炎が上がった。
赤い火が師の体を包んでいく。カレは歌おうとした。弔いの歌を——師が教えてくれた古い歌の断片を。だが喉が詰まった。声が出ない。唇が震えるだけで、音にならない。
歌を創る者だと言われた。世界を動かす力があると言われた。なのに今、師を送る歌一つ歌えない。
隣で、弦が鳴った。
アイノがカンテレを爪弾いていた。静かな旋律だった。カレヴァの地のものではない——ポヒョラの弔いの歌。冷たい土地に生きる者たちが、死者を見送るときに奏でる旋律。
アイノの故郷の歌。
異国の旋律で師を弔うことに、誰も異を唱えなかった。アイノの音が語っていたからだ。悲しみを。敬意を。短い間だったが、この老魔女に「弟子」と呼ばれたことの重みを。
カレはカンテレの音を聴きながら、師の教えを反芻した。
世界を聴け。歌を創れ。お前を拾えてよかった。
炎が高く上がり、火の粉が空に舞った。煙が真っ直ぐに昇っていく。風がないのは、世界がロヴィアタルの最後の旅路を邪魔しまいとしているかのようだった。
葬送の火が消えた後、カレは一人でロヴィアタルの家に入った。
師が使っていた椅子。薬草を干していた棚。壁に立てかけられた杖——戦いの前に手放した杖は、アイノが拾って家に戻していた。杖の表面に刻まれたルーノの紋様が、薄暗い室内でかすかに光っていた。
カレは椅子に手を置いた。
「ばあさんが守ろうとしたものを、俺が取り戻す」
声に出した。まだ漠然としている。サンポが何なのか、どこにあるのか、具体的なことは何もわかっていない。ロヴィアタルの最後の言葉——「取り戻すのではなく」——の続きすらわからない。
だが師の遺志を継ぐことだけは、はっきりしていた。
「ロヴィアタルが命をかけて守った場所を、これ以上壊させない。飢饉を終わらせる。サンポを取り戻す」
扉が開いた。
「あんたひとりで行くつもり?」
アイノが腕を組んで立っていた。
「ポヒョラの場所も知らないくせに」
カレが口ごもった。事実だ。サンポがポヒョラにあるとして、そこへの道すら知らない。
「あたしも行く」
アイノの声には打算の色があった。カレにはそれがわかった。彼女はカレの力を——あの覚醒の力を見ている。利用できると考えている。
だがそれだけではないことも、感じ取っていた。
「ポヒョラにはあたしの決着がある。逃げただけじゃ終わらない」
逃亡者から、帰還者へ。アイノの目に、覚悟の萌芽が見えた。
「……好きにしろ」
カレは素っ気なく応じた。内心では一人でないことに安堵していたが、それを素直に言えるほど器用ではなかった。
アイノが「感謝の言葉もなし?」と呆れた顔をしたが、それ以上は何も言わなかった。
夜になった。
出発の支度をしながら、カレはふと昨日の食事を思い出そうとした。
出てこなかった。
一昨日は? それも曖昧だ。覚醒の時に自分が何を叫んだか——言葉の断片は覚えている。「この人は俺の師だ」「この人の歌を消すな」。だがその後の細部が、霧に包まれたようにぼやけていた。
「……疲れてるんだな」
自分に言い聞かせた。師が死に、力を使い果たし、心身ともに限界だった。記憶が曖昧なのは当然だ。
窓の外に目をやった。星が見える。ロヴィアタルが夜、星を見上げながら古い歌を口ずさんでいた夜のことは覚えている。師のからからとした笑い声も。「深刻ぶるんじゃないよ」という口癖も。
大事な記憶は消えていない。だから大丈夫だ。
——そう、カレは思った。
師の火が消え、決意が灯る。明日、カレとアイノは西へ向かう。カレの記憶から些細なものが零れ落ちていることに、まだ誰も気づかない。




