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歌えない魔法使いは追放された ~才能ゼロの烙印を押された歌は、世界を創り変える禁呪だと誰も知らない~  作者: 蒼月よる


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不完全な勝利

 カレが目を覚ました時、空が白んでいた。


 体が鉛のように重かった。指一本動かすのにも力がいる。頭の中が霧がかかったように鈍い。


 アイノに支えられている。彼女の肩に頭を預ける形で、広場の地面に座り込んでいた。


「……どのくらい気を失ってた」


「二刻ほど。夜が明けたわ」


 カレはゆっくりと顔を上げ、廃村を見渡した。


 氷は溶けていた。それどころか、草が青々と茂り、木々には若葉が揺れ、花まで咲いている。真冬のはずの景色が、春の装いに変わっている。カレの歌が呼んだ季節外れの春。


 だがその春は、均一ではなかった。


 広場の西側で、家屋が二軒倒壊していた。カレの力の余波で地面に走った亀裂が、土台を崩したのだ。壁が崩れ、屋根が地面に横たわっている。別の家屋では、異常な速度で成長した木の根が壁を突き破り、内側から建物を壊していた。


「あんた、とんでもないことしたのわかってる?」


 アイノの声には怒りも皮肉もなかった。ただ事実を述べている。カレは黙って壊れた家屋を見つめた。


「……俺がやったのか、これ」


「あんたの歌が暴走して、氷だけじゃなく周りの全部を書き換えた。止めようとしたけど、なかなか止まらなくて」


 アイノが溜息をついた。


「力はあるけど制御がまるでなってない。……ロヴィアタルが言ってた通りね。良い方にも、悪い方にも」


 カレの胸が締め付けられた。師の言葉を、こんな形で実感したくなかった。


「ばあさんの家は……」


 振り向いた。ロヴィアタルの家は——無事だった。小さな石造りの家がそこに建っている。壁に亀裂はなく、屋根も崩れていない。無意識のうちに、あの家だけは壊さなかったのかもしれない。


 だが中に——師の亡骸がある。


 二人は立ち上がった。カレの足が重い。アイノが肩を貸してくれたが、振り払った。


「……自分で歩く」


「強がらないで」


「強がってない。歩けるから」


 嘘だった。膝が笑っている。だがロヴィアタルの前に、人に支えられて行くのは嫌だった。


 扉を開けた。


 ロヴィアタルは寝台の上に横たわっていた。カレが戦場から運んだのか、アイノが運んだのか——気を失う前の記憶が曖昧だった。誰かが丁寧に寝台に横たえ、毛布をかけてくれていた。


 穏やかな顔だった。


 苦しみの痕跡はなかった。皺だらけの顔に、微かな笑みの名残がある。まるで眠っているように見えた。だが胸は動いていない。手は冷たい。


 カレは師の傍に膝をついた。老婆の手を取った。


「ばあさん……ありがとう」


 声が掠れた。


「俺を拾ってくれて」


 涙が落ちた。ロヴィアタルの手の上に。冷たい手の甲を、温かい雫が濡らした。


 師はカレに全てをくれた。歌の基礎を、居場所を、「お前の歌は間違いじゃない」という言葉を。そして最後に、命をかけて守ってくれた。その全てに、カレは何も返せなかった。


「もっと……もっと教えてほしいことがあった」


 声が震えて、言葉が途切れる。


「もっと一緒にいたかった」


 アイノがカレの隣に膝をついた。声を上げずに泣いていた。涙が頬を伝い、カンテレの上に落ちる。彼女はロヴィアタルとの付き合いは短かった。だが師の歌を聴き、師の温もりに触れ、「弟子」と呼ばれた。それだけで十分だったのだろう。


 二人は何も言わなかった。言葉はいらなかった。


 師の傍で、静かに泣いた。朝の光が窓から差し込み、ロヴィアタルの穏やかな顔を照らしていた。


 師が死に、敵は去った。廃村は半壊し、カレの体は限界。不完全な勝利——だがロヴィアタルが守り続けた場所は、まだここにある。


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