取り戻すのではなく
ロヴィアタルの歌が途切れた。
最後の音が空気に溶けた瞬間、老婆の体が前のめりに崩れ落ちた。杖のない体を支えるものは何もなく、ゆっくりと——まるで糸の切れた操り人形のように——地面に倒れた。
「ばあさん!」
カレは走った。膝をつき、師の体を抱き起こした。
軽かった。
こんなに軽い体で、あれだけの歌を歌ったのか。骨と皮ばかりの細い体が、カレの腕の中で震えていた。
ロヴィアタルの目はまだ開いていた。灰色がかった瞳が、カレの顔を映している。焦点が合うまでに時間がかかった。だが——カレを認識して、微かに笑った。
「……カレ」
声は掠れ、ほとんど息と区別がつかなかった。
「ばあさん、喋らないで。薬草を——」
「いいから」
弱々しい手がカレの袖を掴んだ。
「聞きな」
カレは唇を噛み、黙った。
ロヴィアタルが息を吸った。浅い呼吸が何度か繰り返され、そのたびに胸が痛々しく上下した。
「サンポを……」
「サンポ——」
「取り戻すのではなく……」
言葉がそこで途切れた。
ロヴィアタルの口が動いた。続きを言おうとしている。だが声が出ない。唇が形を作るが、音にならない。掠れた吐息が漏れるだけだった。
「ばあさん。ばあさん! 何を——取り戻すのではなく、何ですか!」
カレが問いかけた。ロヴィアタルの目がまだカレを見ている。伝えたいことがある。それは明らかだった。だが体がもう、言葉を運ぶ力を残していなかった。
老婆の手がカレの頬に触れた。
その瞬間——何かが流れ込んできた。
ロヴィアタルの「古い歌」の残響。言葉ではない。歌でもない。もっと根源的な何か——温かく、悲しく、力強い、師の生涯の全てが凝縮されたような波動。それがカレの中に注ぎ込まれた。
若い日のロヴィアタルが大ルーノラで歌う姿。古い書物の前で夜を明かす姿。世界が飢饉に沈む中、無力な自分を呪う姿。廃村で一人、結界を張り続ける長い長い年月。そして——寒い夜にふらりと現れた、やせ細った少年。
カレの頬に触れた手が、力を失った。
ロヴィアタルの目が閉じた。
胸の上下が止まった。
「……ばあさん」
カレの声が震えた。
「ばあさん。ばあさん!」
肩を揺さぶった。応えはない。老婆の顔は穏やかで、皺の奥に微笑みの名残があった。
アイノが膝をついた。カンテレを胸に抱き締めるようにして、カレの隣に座り込んだ。
「……ロヴィアタル」
アイノの声が掠れた。涙が頬を伝い、カンテレの上に落ちた。
外から冷たい歌声が聞こえた。
霜の歌い手たちが態勢を立て直している。ロヴィアタルの歌が途切れた今、結界は消えた。廃村を守るものは何もない。三つの氷の歌声が、ゆっくりと——確実に——近づいてくる。
師が死んだ。
最後の言葉は途中で途切れた。「取り戻すのではなく」——何を言おうとしたのか。その答えは、遠い先にある。
だが今、目の前には三人の敵がいる。結界のない廃村。師のいない戦場。
カレの中で、何かが壊れた。
そして——燃え始めた。




