表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歌えない魔法使いは追放された ~才能ゼロの烙印を押された歌は、世界を創り変える禁呪だと誰も知らない~  作者: 蒼月よる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

47/103

世界を聴け

 アイノが結界の状態を確認しに行った。


 広場にカレとロヴィアタルだけが残った。遠くで氷の歌声が結界を叩いている。規則的な、容赦のない圧力。結界の表面が時折きしみ、細い亀裂のような光が走る。


 ロヴィアタルがカレの隣に座った。杖を膝の間に立て、両手でその頭を握る。老婆の指は節くれ立ち、関節が曲がっている。だがその手が——カレに歌の基礎を叩き込んでくれた手だった。


「お前に最後のことを教える」


 また「最後」だ。カレは口を開きかけたが、ロヴィアタルが先に続けた。


「世界を聴け」


 カレは瞬いた。


「世界を——」


「お前の耳には世界の声が聞こえるはずだ」


 ロヴィアタルの灰色の瞳が、カレを静かに見つめている。


「木も、水も、風も、大地も——全てが歌っている。お前にはそれが聞こえる。聞こえていたはずだ、ずっと。ただ、それが歌だと気づいていなかっただけで」


 カレは黙って聴いた。


「その声に言葉を与えろ。世界が何を歌っているか、お前の言葉で形にしろ。それがお前だけの歌だ」


 世界を聴け。声に言葉を与えろ。


 簡潔な教えだった。だがその言葉の奥にあるものの大きさを、カレはぼんやりと感じ取っていた。ロヴィアタルはこの短い言葉に、自分が生涯をかけて研究してきた全てを詰め込もうとしている。


「……それが、言葉のルーノの本当の使い方ですか」


「使い方じゃないよ」


 ロヴィアタルが首を振った。


「お前の在り方だ」


 沈黙が落ちた。遠くで結界が軋む音がする。時間がない。だがこの瞬間だけは、静かだった。


 ロヴィアタルが手を伸ばし、カレの頬に触れた。皺だらけの掌。温かいが、その温もりが以前より薄い。老婆の命の灯が、ゆっくりと細くなっていることがわかった。


「お前を拾えてよかった」


 師が微笑んだ。皺の奥に、潤んだ目があった。


 カレの視界がぼやけた。こらえようとしたが、涙が一筋、頬を伝った。


「ばあさん、なんで——なんで最後みたいな言い方するんですか」


 声が震えた。情けないと思ったが、止められなかった。


 ロヴィアタルがカレの頬から手を離し、からからと笑った。


「年寄りの癖だよ。大げさに聞こえたか。すまないね」


 嘘だ。わかっている。だがカレはそれ以上追及できなかった。


 足音が近づいてきた。アイノが戻ってくる。


「結界の外に三人。あと半日で到着する」


 アイノの報告は短く、正確だった。半日。それだけの猶予しかない。


 ロヴィアタルが立ち上がった。今度は杖に体重をかけずに——気力だけで。


「半日か。十分だ」


「十分じゃないでしょう」


 アイノが眉を顰めた。ロヴィアタルが笑う。


「年寄りが十分だと言ったら十分なんだよ。口答えするんじゃない」


「いつ弟子になったのよ」


「さっきから」


「勝手に決めないでくれる?」


 カレが二人のやり取りを見て、思わず笑った。アイノが「何笑ってるの」と睨む。ロヴィアタルも笑っていた。


 三人が並んで空を見上げた。北の空は暗いが、頭上にはまだ青がある。


「いい弟子を持ったもんだ。二人もね」


 ロヴィアタルが呟いた。


「弟子って認めてもらえたの——」


「いつから弟子に?」


 カレとアイノの声が重なった。二人が顔を見合わせ、ロヴィアタルが声を上げて笑った。からからという乾いた笑い声が、冷たい風の中に響いた。


「お前を拾えてよかった」。師の言葉がカレの胸に深く沈んでいく。半日後、嵐が来る。だが今この瞬間、三人は笑っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ