共鳴は再び
霜の歌い手を退けてから、三日が過ぎた。
カトゥマ廃村には、奇妙なほど穏やかな日々が戻っていた。共鳴の余韻で一帯の雪が溶け、灰色だった景色にわずかな緑が顔を覗かせている。季節外れの春の気配は、カレとアイノの歌がもたらした小さな奇跡だった。
だが、奇跡をもう一度起こすのは、そう簡単ではなかった。
「——聴こえない」
カレは広場の中央で立ち尽くし、低く呟いた。目を閉じて言葉を探す。あの時の感覚を呼び起こそうとする。世界の声が聞こえた瞬間、アイノのカンテレの旋律と溶け合った感覚。
しかし今、聞こえるのは風の音と鳥の声だけだ。世界は沈黙している。
背後でカンテレの弦が弾かれ、澄んだ音が広場に響いた。アイノの旋律は正確で、美しく、力強い。だが——それだけだった。カレの言葉と混じり合わない。水と油のように、すぐ傍にあるのに触れ合えない。
「だめだ。全然つかめない」
カレが額を押さえてしゃがみ込むと、アイノがカンテレの弦から指を離した。
「あの時は必死だったから、でしょうね」
「……そういうことになる」
「必死じゃなきゃ使えない力って、不便ね」
その言い方に、以前のような棘はなかった。皮肉というより、率直な感想だ。カレは思わず苦笑した。
「不便だよな、ほんとに」
「次の戦いまでお預けってこと?」
「できればその前に、もう少しなんとかしたいんだけど」
「あんたの『なんとか』って大体なんともならないのよね」
カレは言い返す言葉を探したが、事実なので黙った。アイノが小さく息をつき、カンテレをケースにしまう。
「まあいいわ。今日はここまで」
二人は芝生の上に腰を下ろした。夕方の空が橙色に染まり始めている。追われるように練習を繰り返していた体から、ようやく力が抜けた。
「……ポヒョラにも、空が綺麗な日はあったわ」
不意にアイノが呟いた。
カレは驚いて横を向いた。アイノが自分から故郷のことを話すのは初めてだった。彼女はカレの視線に気づいているはずだが、空を見上げたまま続けた。
「冬が深い分、澄んでいるの。星が低くて、手が届きそうなくらい。あの空の下で……音楽を教えてくれた人がいた」
指先がカンテレのケースの上を無意識に撫でている。
「あの人がいなければ、私はカンテレを弾けなかった」
カレは何か訊きたかった。その人は誰なのか。ポヒョラで何があったのか。だが訊けなかった。アイノの横顔に浮かんでいる表情が、憎しみとも感謝ともつかない複雑なもので、言葉を挟む隙がなかった。
「……それだけよ。別に大した話じゃない」
アイノは立ち上がり、背を向けた。話は終わりだという態度だった。
カレは彼女の背中を見送りながら、胸の中で反芻した。アイノにとってポヒョラは、ただ逃げ出した場所ではない。もっと複雑な、簡単には切り捨てられない何かがある。
共鳴の時に垣間見た記憶の断片が蘇る。暗い部屋。冷たい声。だが同時に、カンテレの音色が響いていた場面も確かにあった。
風がそよいで、季節外れの緑が揺れた。
穏やかな夕暮れだった。だが胸の奥で、何かが引っかかっている。この静けさが——最後の平穏のような気がしてならなかった。




