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歌えない魔法使いは追放された ~才能ゼロの烙印を押された歌は、世界を創り変える禁呪だと誰も知らない~  作者: 蒼月よる


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鏡の両面

 翌日の昼過ぎ、ロヴィアタルが二人を呼んだ。

 カレとあの女が、老魔女の家の囲炉裏を挟んで座る。女はカレの正面に座ることを嫌い、壁際にずれた。カンテレを膝に抱えている。

 カレは昨夜のことを口にしなかった。ロヴィアタルがあえて二人を呼んだ理由が気になったが、黙って待った。

「お前の演奏、昨夜わしにも聴こえたよ」

 ロヴィアタルが女に向かって言った。穏やかな声だが、灰色の瞳は真剣だった。

「見事な音のルーノだ」

 女の肩が強張った。

「……盗み聴きが二人もいたわけ」

「老人の耳は鈍いが、ルーノの気配には敏感でね。あれだけの力を使えば、結界越しにだって感じ取れるよ」

 女が唇を引き結んだ。警戒の色が濃くなる。

「で、何が言いたいの」

「見せてやろうか。面白いものを」

 ロヴィアタルが杖で囲炉裏の灰を突いた。からからと笑う。

「カレ。あの花壇の草に歌ってみな」

 カレは戸惑ったが、立ち上がって窓の外の枯れた草に向かった。声を落として言葉を紡ぐ。

「草よ、お前は緑だ」

 窓の外で、枯れた草の先端がわずかに色を取り戻した。不完全だが、言葉のルーノが作用している。

 女の目が動いた。微かに——ほんの一瞬だけ——興味の光が走った。だがすぐに消える。

「……素人にしてはまあ、何かやってるみたいね」

「そうだろう。素人にしてはね」

 ロヴィアタルが意味深に笑った。それから二人を交互に見た。老婆の瞳が、何かを確かめるように細くなる。

「言葉のルーノと音のルーノ」

 ロヴィアタルが静かに言った。

「お前たちは鏡の両面だ」

 空気が変わった。

 女の顔色が、はっきりと変わった。血の気が引くように白くなり、カンテレを抱く指が強張る。

「ルーノの二つの要素——言葉と旋律——を、それぞれ極端な形で持っている。カレは言葉に極端に偏り、お前は音に極端に偏っている。普通のルーノイヤは両方を中途半端に持つ。だがお前たちは違う」

「やめて」

 女が言った。声が震えていた。

「その言い方——やめて」

 ロヴィアタルが眉を上げた。「何か心当たりが?」

 女は答えなかった。立ち上がり、カンテレを抱きしめ、そのまま部屋を飛び出した。扉が乱暴に閉まる音が響いた。

 カレとロヴィアタルが顔を見合わせた。

「何が——」

「追いな」

 ロヴィアタルが顎で扉を指した。

「あの子の中で何かが動いた。今放っておいたら、また殻に閉じこもるよ」


 森の外れで見つけた。

 あの切り株のそばに、女が座り込んでいた。膝を抱え、カンテレを胸に押しつけている。近づくとこちらを見たが、怒鳴られはしなかった。目が虚ろだった。ここにいて、ここにいない。どこか遠いところを見ている。

「大丈夫か」

「……構わないで」

 声に棘がない。いつもの攻撃性が消えている。そのことが、かえってカレを不安にさせた。

 カレは少し離れた場所に座った。無理に話しかけず、同じ方向——森の奥——を見つめた。

 長い沈黙が流れた。秋の風が木々を鳴らし、枯れ葉が舞い落ちる。

「あの人に」

 女がぽつりと言った。

「ロウヒに、同じことを言われた」

 カレは黙って聞いた。

「『お前は鏡のもう半面だ』って」

 声が掠れていた。遠い記憶を掘り起こしているような、痛みを伴う声だ。

「あの人が初めてカンテレを教えてくれた時。私の音を聴いて——同じことを言った」

 ロウヒ。ポヒョラの女主人。世界を飢饉に沈めている張本人。その名前を女が口にする時、声に込められたものは——憎しみだけではなかった。何か複雑なものが混ざっている。カレには読み取れない感情の色だった。

「……何があったか、話してくれなくていい」

 カレは慎重に言葉を選んだ。ロヴィアタルに教わった通り、押しつけない。聴くだけでいい。

「でもここにいていいから」

 女が顔を上げた。紫がかった青い瞳が、初めてカレの目を真正面から見た。何かを探るように。何かを確かめるように。

 カレは目を逸らさなかった。言えることは少ない。気の利いた言葉も出ない。ただ、逃げないことだけは——できる。

 女は何も答えなかった。

 だが立ち去らなかった。

 日が傾き、森の影が長く伸びるまで、二人はそこに座っていた。一言も交わさなかった。それでよかった。


 ロウヒもまた、この女に「鏡の両面」と告げていた。

 ロヴィアタルとロウヒ。正反対の立場にいる二人が、同じことを見抜いている。

 カレとあの女の歌には——何か特別な関係があるのかもしれない。


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