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歌えない魔法使いは追放された ~才能ゼロの烙印を押された歌は、世界を創り変える禁呪だと誰も知らない~  作者: 蒼月よる


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聴くこと

 三日目も、四日目も、カレは森の中で座り続けた。

 目を閉じ、耳を澄ませる。風の音。鳥の声。木々の葉擦れ。小川のせせらぎ。それ以上のものは何も聴こえない。五日目になると焦りが苛立ちに変わった。六日目には苛立ちが諦めに沈んだ。

 毎日が同じだった。朝、ロヴィアタルに叩き起こされ、森の修行場へ行き、切り株に座って目を閉じる。一日中座り続け、何も聴こえず、夕暮れに帰る。老婆は何のヒントも出さない。「聴け」としか言わない。

「やっぱり俺は才能ゼロなんだ」

 六日目の朝、カレは森に向かう途中でぽつりと漏らした。ロヴィアタルは振り返りもしなかった。

「弱音を吐くのは構わないが、足は止めるなよ」

 修行場に着いた。いつもの切り株に座る。目を閉じる。同じことの繰り返し。風が吹く。鳥が鳴く。木が揺れる。それだけ。六日間、ずっとそれだけだ。

「ばあさん」

「なんだい」

「何も聴こえないんです。本当に、何も。風の音と鳥の声しか——」

「お前は耳で聴こうとしている」

 ロヴィアタルが静かに言った。いつもの切り株から腰を上げ、ゆっくりとカレの前に歩み寄った。

「そうじゃない。全身で聴け」

 老婆がカレの前にしゃがみ込んだ。節くれ立った手がカレの右手を取る。関節が変形した指は見た目よりもずっと温かかった。ロヴィアタルはカレの手のひらを、苔むした地面の上にそっと置いた。湿った苔が掌に張りつく。

「お前の歌は言葉から始まる。ならば、世界が何を言おうとしているか——言葉で受け取れ」

「言葉で……」

「耳で拾うんじゃない。全身で感じて、それを言葉に翻訳しろ。おまえにはそれができるはずだ」

 カレは息を吐いた。六日間やってきたことを、根本から変えろということだ。

 音を拾おうとするのをやめた。耳に意識を集中するのをやめた。代わりに、地面に置いた手のひらに意識を沈める。苔の湿り気。土の冷たさ。その下にある石の硬さ。もっと下にある——何か。

 風が頬を撫でた。肌に触れる風の中に、温度以外の何かがあるような気がした。気のせいかもしれない。でも意識を向けると、確かに——風が何かを運んでいる。音ではない。匂いでもない。もっと漠然とした、だが確かな何か。

 鳥が鳴いた。その声を耳で聞くのではなく、全身で受け止めようとした。鳴き声の向こう側にある——鳥そのものの気配。この枝にとまっている鳥が、何を思い、何を感じ、なぜ今鳴いたのか。

 木々が揺れた。

 その揺れの中に——。

 カレの背筋に電流が走った。

 聴こえた。いや、「聴こえた」という表現は正しくない。感じた。言葉にならない、しかし確かな「声」のようなものが、世界のあちこちから湧き上がっている。

 風が何かを語っている。ただの空気の流れではない。風そのものが、自分が何であるかを語りかけてくる。木々が何かを囁いている。幹の中を流れる水が、根から吸い上げられた大地の力が、葉先から蒸散する水蒸気が——すべてが一つの声として、カレの全身に響いてくる。

 大地が何かを呟いている。手のひらの下の苔と土と石の向こうに、深い深い場所から立ち上がってくる響きがある。

 それは耳では聞き取れない。だがカレの全身が、その「声」に反応していた。皮膚が粟立ち、指先が微かに震え、胸の奥が熱くなった。

「——聴こえた」

 カレは目を開けた。声が震えていた。

「何か、声みたいなものが……」

 ロヴィアタルが頷いた。皺だらけの顔に微かな笑みが浮かんでいる。目尻の皺が深くなって、灰色の瞳が温かく光った。

「ようやくだね」

「でも、言葉にならないんです。何を言っているのか、わかるような気がするのに、掴めない——」

「まだ赤ん坊の耳さ。生まれたばかりの赤子が、親の言葉をすぐに理解できるかい? だが聴こえた。それが大事だ。六日かかったが、まあ——悪くない」

 ロヴィアタルが立ち上がった。杖を地面に突き、カレをまっすぐに見下ろす。夕陽が老婆の白い髪を金色に染めている。

「いいかい、カレ。全てのものにはルーノがある。樹には樹のルーノが、風には風のルーノが、水には水のルーノがある。定型歌は、そのルーノの写し書きにすぎない」

 老婆の灰色の瞳が、夕陽を受けて淡く光った。

「お前は原文が読める目を持っている」

「原文……」

「そのものの本質を言い当てる言葉。それを《《真の名》》と呼ぶ」

 真の名。カレはその言葉を胸の中で繰り返した。

「お前はそれを感じ取れる。だから定型歌が『不正確』に感じられて、無意識に言葉を変えてしまっていたんだ」

 世界が回転するような感覚だった。

 才能がゼロだったのではない。定型歌の言葉が、嘘に聞こえていたのだ。火のルーノを歌うとき、決められた歌詞が火の本当の姿と違うと感じていた。だから歌えなかった。歌えないのではなく——歌わなかったのだ。

 涙が零れそうになった。カレは唇を噛んで堪えた。

「……嘘じゃ、なかったんですね。俺の歌」

「嘘なもんか」

 ロヴィアタルが、からからと笑った。

「明日、一本の樹の前に立て。その樹の名前を言い当ててみろ」

 心臓が高鳴った。

 初めて——歌えるかもしれない。自分の言葉で。


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