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歌えない魔法使いは追放された ~才能ゼロの烙印を押された歌は、世界を創り変える禁呪だと誰も知らない~  作者: 蒼月よる


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始末

 カトゥマ廃村では穏やかな朝が始まっていた。

 カレは畑に出ていた。根菜の世話をしながら、ロヴィアタルの「地獄」がいつ始まるのかと考えている。体力はだいぶ戻った。食事も安定している。そろそろだろうか。古い歌を教わるのは、楽しみでもあり不安でもあった。

「カレ、水を汲んできてくれるかい」

 マルヤに頼まれ、井戸に向かった。桶を下ろし、綱を手繰って水を汲む。冷たい水が桶に溜まっていく音が心地よい。ソルミ村では「歌えない者が触れた水は穢れる」と言われた。ここでは誰もそんなことを言わない。水は水だ。誰が汲んでも同じだ。

 桶を担いでマルヤの家に運ぶ途中、ロヴィアタルの姿が見えた。

 廃村の端、森との境界に立っている。杖を地面に突き、目を閉じていた。唇が微かに動いている。歌っている——いや、呟いている。低く、聞き取れない声で。カレの耳には旋律が聞こえなかったが、空気が微かに震えている気がした。

 カレが近づくと、ロヴィアタルは目を開けた。少し疲れた顔をしていた。

「ああ、お前か」

「何をしていたんですか」

「結界の手入れだよ。この森を守る壁のようなものさ。わしの歌で編んである。時々継ぎ足してやらないと、薄くなる」

 結界。ロヴィアタルの歌が森を守っている。だからこの廃村は外の世界から隔絶されていて、飢饉の中でも辛うじて暮らしていける。森の中に緑が残っているのも、この結界のおかげかもしれない。

「最近、少し結界が薄くなっていてね」

 ロヴィアタルの声が低くなった。

「飢饉でルーノの力そのものが弱まっている。サンポが封じられてから、世界中の歌の力が痩せてきているんだ。結界を維持するのにも、前より力がいるようになった」

「サンポが——」

「その話は、いずれね」

 老婆は話題を変えるように杖で地面を叩いた。だがその目は、森の奥——廃村の外を見つめていた。何かを感じ取っているような、鋭い目だった。


 翌朝、カレが目を覚ますと、ロヴィアタルの家の前に杖が突き立ててあった。

 見覚えのある杖だ。だがいつもロヴィアタルが手放さないそれが、なぜ外に出ている。

 家に入ると、ロヴィアタルが囲炉裏の前に座っていた。いつもより顔色が悪い。目の下にくまがあり、薬草の煎じ薬を両手で包み込むように持っている。

「ばあさん、昨夜何かあったんですか。杖が外に——」

「ああ、結界の手入れをしていたらね。少し長引いた」

 それだけ言って、老婆は煎じ薬を啜った。

 カレは言葉を飲み込んだ。問い詰めても答えは返ってこないだろう。だがロヴィアタルの疲労の色は、ただの結界維持にしては深すぎる気がした。

 ふと、森の方角を見た。木々の間を吹き抜ける風が、いつもと少し違う気がした。結界の気配が——揺らいでいるような。気のせいだろうか。

 カレにはまだ、その揺らぎの意味がわからなかった。


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