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【完結】冷遇令嬢の才は敵国で花ひらく〜実家侯爵家で壊滅的被害? 自分たちでどうにかしてください【書籍版発売中!】  作者: 三矢さくら
第三部

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402/403

400.冷遇令嬢は将来を形づくる

バスチアンが籠城を続ける野戦要塞からはすこし離れた野原で、フレイザー皇帝ウィリアム3世陛下と玉座を並べた。


わたしたちの眼前では、互いの代表者が優雅に狩りを競い合っている。


愛犬の大きな白犬を懐に抱いたウィリアム陛下が、わたしの方に身体を傾けた。



「……さすが大河の方々は、狩猟の腕にも長けておられる」


「ふふっ。貴国の洗練された狩りの様式にも、目を瞠らされておりますわ」



ウィリアム陛下は、気品あるノーブルショートにまとめたプラチナブロンドのお髪を、楽しげに揺らす。


少し長めの前髪は額の中央で左右に分け、柔らかい毛流れが清潔感を与える。


わずかに憂いを含んだ、落ち着いた知性を感じさせる灰色がかった青色の瞳が印象的な、青年期から壮年期へとさしかかる、若き皇帝だ。


顎から口回りにかけては、手入れの行き届いた無精髭風のショートビアードを蓄え、成熟した大人の渋みも感じさせる。


純白の礼装の立ち襟には金の刺繍が施され、右肩から左腰にかけて、青地に金の模様が入ったサッシュを斜めに掛けている。



「いや、今日は私の敗けですな」


「これで2勝2敗ですわね。次はなにで競いましょう?」


「カードゲームなどはいかがかな?」


「あら、素敵ですわね」



皇帝同士は会食や茶会、狩猟で親睦を深め、その裏では実務者が激しい火花を散らす。王室外交、皇室外交の王道だ。


特使として派遣していたばあやはウィリアム陛下と同行して復命し、フレイザー帝国からの意向は伝えられている。



――大河帝国が大陸の利権を独占することは許さない。



というのが、その大まかな要求だ。


もとより、わたしにそんなつもりは微塵もないのだけど、フレイザー帝国からすれば素直には信じられないということもまた、無理のないことだった。


フレイザー帝国は常に大陸に最強国家が誕生することを恐れ、()()()の勢力を支援して均衡を保とうとしてきた。


なので、バスチアンのロアン帝国出現によって破られた均衡を取り戻すため、()()()である大河帝国の支援を決めたのだ。


だけど、大河帝国が最強のロアン帝国を圧倒した瞬間、フレイザー帝国にとっては、今度は大河帝国が「友好国」から「潜在的な脅威」に変わる。


バスチアンを野外要塞に追い詰め、わたしたちの勝利が決定的になった途端に、



――戦後秩序の共同構築。



を、大義名分にしてフレイザー帝国が介入してくるのは、もはや〈様式美〉といってもいいほどの国際外交的な必然性がある。


フレイザー帝国の重臣たち――大蔵卿、国務尚書、大書記官、東方通商全権大使、第一海軍卿……。


錚々たる面々を引き連れ、フレイザー皇帝ウィリアム3世陛下は、バスチアンを包囲する戦場へと姿を見せたのだった。


日が傾いて、御前狩猟の会を終え、本陣の帷幕へと戻る。


本日の実務協議を終えた燕翼の茶会の皆様から、交渉の進展について報告を受けた。


リエパ陛下が目をほそめる。



「……ようやく、こちらには大陸への領土的野心などない……、ということを納得してもらえましたわ」


「レジュカ陛下の啖呵が気持ちよくて」



カーナ陛下も顔をほころばせる。


迂遠な言い回しで、こちらの腹の内を探ろうとしてくるフレイザーの使節団に対し、



――大陸を征服したりして、誰が私の吹いたガラスコップを買ってくれるんだ? 大切な()()()だろう? それともなにか、フレイザー帝国では、お客様を攻めるのが流儀なのか?



と、レジュカ陛下が啖呵を切られたらしい。



「はは……、気取った連中で……、つい」



レジュカ陛下は蝋細工のような硬質なお顔立ちの頬を赤くして、少女のようにはにかまれた。



――やってしまった……。



と思われているようだけど、飾らない率直な物言いだからこそ、フレイザーの使節団を納得させられたらしい。


職人の家にお生まれで、現役のガラス職人でもあり、王妃でもある。レジュカ陛下の特別なご気質が大陸平定の交渉シーンで、とても大きな役割を果たしている。


そこを、在位がもっとも長く燕翼の茶会の首席として交渉に臨んでくださるリエパ陛下が、揚げ足を取られないよう可憐かつ巧妙に言葉を継いで補足され、カーナ陛下が優美に場を制する。


そして、ナタリア陛下とカリスが実務面を支え、厳しい場面では薔薇王国から参陣されたユッテ殿下が笑い飛ばす。



「うむ! たしかに皇帝からして白犬を抱いて狩りとは、気取った連中であるな!」



ぷくっと膨らましたユッテ殿下のほっぺたを、皆で微笑ましく眺めてしまう。


気取った対応といえば、フレイザー帝国が交渉使節団として送り込んできたのは、すべてが女性だった。


大河帝国はわたしの即位、建国からの慌ただしい出陣と、いまだ官僚機構などは整っていない。


そのため、領邦国家の王妃団である〈燕翼の茶会〉に交渉を担ってもらうほかなかったのだけど、フレイザーもそれに合わせてきた形だ。



「……臨時全権大使のヘレナ様が、なかなかの曲者で……」



と、〈悪い女〉のリエパ陛下に苦笑いをさせるのだから、相手も相当なのだろう。


ヘレナ・フレイザー。皇帝の遠戚であり学友。海軍大学で地政学を修めたという才女で、大河流域よりも東方を管轄する通商組織の経営にも深く関わっているという。


臨時首席参事官のマダム・ビクトリアは東方交易で莫大な富を築いた大商家の当主。


臨時武官付特派官のキャプテン・イザベラは没落貴族の娘ながら、海賊討伐に実戦経験豊富な傭兵団の元相談役。


彼女たちの経歴や背景については、特使として派遣していたばあやから詳細に報告を受けている。ばあや、優秀。


いまごろは、彼女たちもフレイザー皇帝ウィリアム陛下に、本日の交渉内容を報告しているはずだ。


そして、皇帝のみならず大蔵卿などの重臣を引き連れているからには、この場で戦後秩序の大枠について合意したいのだろう。



「……利益と目的を共有しているということを、フレイザー帝国の皆様にも理解してもらいませんとね」



わたしの言葉に、燕翼の茶会の皆様が頷いた。



――大陸諸国の平和と安定。交易のさらなる発展。共存共栄。



この点において、大河帝国とフレイザー帝国の目的と利害は一致している。


どちらも領土の拡張よりも、交易の発展を望んでいるのだ。


あとは、互いの信頼関係を早急に醸成し、大陸への相互不可侵を定めるだけ。



「……とはいえ、その信頼関係の醸成というのが、いちばん難しいのですけどね」



わたしが苦笑いすると、ナタリア陛下が満足げに微笑んだ。



「ふふっ……、まさかコルネリア陛下が、これほど早くバスチアンを下すとは、さすがのフレイザー帝国にとっても予想外だったのでしょうね」


「まだ、籠城してるけどね」


「それでもですわ! ……客観的に見れば、陸の最強国家ロアン帝国を、コルネリア陛下は瞬く間に崩壊に追い込んだのです。まさしく最強の上の最強! 無敵! 美しくて賢いだけではなく、古今無双! 私の女神様!」



最後のくだりはともかくとして、ナタリア陛下の言葉の通りでもある。


フレイザー帝国による海上封鎖も、わたしの希望よりはすこし遅かった。


ロアン帝国と大河帝国の争いが長引くと見ていたフレイザー帝国は、()()()()をつけていたのだ。


リエパ陛下が悪い笑い方をした。



「……かろうじて戦局に影響を与えたと、()()()()()タイミングでの海上封鎖。コルネリア陛下であれば海上封鎖の実行前に、バスチアンを下すことも充分に可能でしたわね」


「そうすれば、フレイザー帝国は大陸の戦後体制に介入する、大義名分を失うところでございましたのに」



カーナ陛下が、冷ややかで優美な微笑を浮かべる。


実際のところ、ロアン帝国の強大な武力の脅威に晒されていたのは大河流域の方であって、フレイザー帝国は高みの見物を決め込むか、中立を宣言することもできた。


それを、海上封鎖の実行により、大河帝国の側に付くと明確にしてくれたことは、戦局の決定打とまではいえなくとも、ありがたいことではあった。


ただ、見方によっては、フレイザー帝国は美味しいところだけを『後からつまみ食いに来た』とも受け取れる。


カーナ陛下の微笑みが冷え冷えとしているのはそのせいだ。


それに、大河帝国に加えて、復興した大陸諸国と旧功臣国が、バスチアン包囲を名目にして一堂に会する――。


フレイザー帝国抜きで戦後秩序が話し合われ、大河帝国が大陸の覇権(ヘゲモニー)を握ることになっては大変だと、慌てて皇帝自らが現れたとも読み取れる。


だけど、わたしとしてはフレイザー帝国の介入は望むところでもある。



「……大変なのはバスチアンを倒した後ですわ。とても、大河帝国だけでは背負いきれません」



戦後に最大の問題となるのは、大陸全土にまだら模様で入り組んで広がる、復興した大陸諸国と旧功臣国の融和と和解だ。


大陸諸国は一度、完全に滅亡した。


一方の旧功臣国はロアンの軍事力を引き継いでおり、それはほぼ無傷。


正統性は大陸諸国の側にありながら、いまだ武力においては旧功臣国の方が勝るという状況下では、国境線の正式な確定ですら、恐らくは数年を要する。


交渉は難航が予想されるし、第三国の仲介と仲裁が欠かせない。


国際秩序における「現状維持原則」と「正統主義」の妥協点を粘り強く探る、難事業になる。



「……大陸の平穏は交易を盛んにして、民の暮らしを豊かにする礎となりましょう。大河帝国だけではなく、フレイザー帝国にも大陸和平の負担を負ってもらわねばなりませんわ」



燕翼の茶会の皆様と、交渉方針を綿密に確認し合う。


本当は、外交巧者のクラウスを投入しようと思っていた。クラウスに任せたら、かなり安心できる。


だけど、大陸西方の平定に手を焼くブラスタ軍の曲者大将軍ライミス殿下から、増援の要請が届いてしまった。


旧ロアン王国のあった大陸西方は、バスチアンの本拠ともいえる、もっとも長くバスチアンの暴政が敷かれた地域で、帝都の崩壊とバスチアンの権威喪失によって、無秩序状態の大混乱に陥っていた。


要するに、野盗と山賊しかいないような無法地帯と化しており、統治の回復が難航していたのだ。


ここは、テンゲル動乱からの復興を枢密院議長として担った経験もある、クラウスに行ってもらうしかないと、テンゲル軍の一部を割いて急行してもらった。


クラウス抜きでの外交交渉に不安を感じない訳ではなかったけれど、燕翼の茶会の皆様が堂々と渡り合ってくれている。


誠に心強い。


特に、レジュカ陛下の異能が開花したことは嬉しい誤算。



「それでは、私はガストンとフロランス陛下の食事会に呼ばれておりますので、このあたりで……」


「よろしくお願いしますね、レジュカ陛下。あっ、王配のデジェー陛下にもよろしくお伝えくださいね」


「かしこまりました。お任せください」



レジュカ陛下はメッテさんと逆パターン。


荒っぽい職人社会から貴族社会に飛び込まれたお方なので、旧功臣と女王たちを橋渡しするのに、女王側からの受けがいい。


荒っぽく男臭い旧功臣たちの言葉を、うまく翻訳してくださるのだ。



『……いまのはですね、要するに「お綺麗ですね」と言っているのです』



とか、女王たちの耳元で囁いているらしい。


そして、旧功臣たちにお説教。



『女性に対して「お鼻が丸いですね」とはなんだ? 普通に嫌われるぞ?』



複雑な外交交渉の前に、両者の親睦を深めておけるなら、それに越したことはなく、その点においてレジュカ陛下のお働きが目覚ましい。とても、助かる。


ナタリア陛下と共同で()()している、旧功臣とその将兵を対象にした汗臭抑制(デオドラント)講座も好評だ。



「……ガラスの吹き職人として、汗だくになるのはいつものことですから……。同僚の男の職人たちにいつも注意してますし」



と、頬を赤らめながら、荒っぽい兵士たちをすこしずつ紳士に変えてくれている。


いい匂い、とても大事。


続いて、ルイーセさんたちから、バスチアンが籠城する野戦要塞包囲の戦況について報告を受ける。


わたしが着陣する前に越えた峠に、騎士を派遣して、超高倍率の望遠鏡で要塞内の様子を探らせている。



「……要塞に残る手勢が特定できた。バスチアン本人を除いて28名。ただし、食糧は潤沢に残しているし、酒もあるようだ」


「なんのアテもなく籠城した訳ではなかったということですわね」


「恐らく、万一に備えて食糧を積んでいたのだろう。軍才は認めざるを得んな。……だが、こちらが力攻めにはしないと見切って、昼間は昼寝。夜は毎晩宴会をしている」



最後まで自分に付き従ってくれた配下の兵たちとの、惜別の宴とも読み取れる。


投降を促す使者は、毎日城門の前に立たせているし、分厚い包囲の陣形、ヴァレリアンやガストン、ボードゥアンの旗が立ち並んでいることも要塞の見張り台から確認できているはずだ。


さすがのバスチアンも、自らに勝機が残されていないことは、すでに悟っている。



「……もうしばらく様子を見ましょう。いま、ピピンが『秘密兵器』の最終調整をやってくれています。完成次第、最後の投降勧告を行います」



包囲を続けながら、フレイザー皇帝との親睦を深め、わたしが大陸の覇権(ヘゲモニー)を求めていないことをやんわり伝えていく。


その合間を縫って、復興した大陸諸国の経済復興について相談に乗る。


壮大な国際政治の表舞台に、主要プレイヤーのひとりとして参加することにも胸が躍るけれど、こうした民の営みの息づかいを感じられる場面の方が、本当は好きだ。



「まあ! すてきな民芸品ですわね! これはぜひ技術の伝承が途絶えないように、早急に保護すべきですわ! ……売れますわよ?」



はやくエルヴェンやテンゲル、モンフォール侯爵領の民たちに会いたいと、ふと郷愁に駆られる瞬間もあった。


旧功臣国の方は、ボードゥアンがそうだったように、そもそも統治の経験自体に乏しい。こちらはカリスも相談に乗って、統治の仕組みづくりを助言している。



「民が疲弊していますから、税制はなるべくシンプルで分かりやすく。徴税官の不正を防ぐには……」



ただ、当面の課題は食糧問題だ。


農夫たちを慰撫して耕作意欲を回復させながら、救荒作物の栽培に取り組んでもらうようにと強く助言している。


国境線の曖昧な地帯については、さしあたっての共同統治や非武装地帯化など、武力衝突を避けるための暫定的な措置をとるようにと仲裁にあたる。


バスチアンが降伏する前に、できるかぎりの将来像を思い描いてもらうことは、戦後の和平協議にもプラスに働くだろう。


そして、燕翼の茶会の皆様のご尽力で、フレイザー帝国と大河帝国の間で、まずは二国間の『友好通商協定』が成立。


なにせ急造したばかりの大河帝国だ。


もともと外交関係の存在したクランタス王国とフレイザー帝国の協定をひな形として、最恵国待遇を相互に付与し合い、「交易は競い合うが、存在は認め合う」という協調関係を樹立した。


さらに、バスチアンの脅威が顕在化した初期に、牽制のために占拠してもらった大陸の島しょ部は、引き続きフレイザー帝国の属州とし、大陸東方に置いた大河帝国の保護領についても相互不干渉を確認した。


大陸側の『元の持ち主』との間で係争が生じた場合にも、両帝国は互いに干渉しないという意味だ。


両帝国の二国間関係が確定したことで、会合をやや拡大する。


将来的な『大陸和平会議』の事前協議的な性格を帯びるこの会合には、復興した大陸諸国から地母神王国のシルヴィ陛下と薔薇王国の妹の共同女王に加わってもらう。


ちなみに、姉の共同女王は領地で薔薇栽培を頑張ってくれている。



「……姉様を連れてきたら、揉め事が増えるだけですから」



と、苦笑いする妹の共同女王を、みんなでねぎらった。


そして、旧功臣国からはガストンとヴァレリアンが会合に参加する。


会合の性格はガラリと変わり、大陸諸国側と旧功臣国側の協議を、大河帝国とフレイザー帝国が共同で調停にあたる。


徐々に、戦後体制の輪郭が見えてきたところで、ピピンの『秘密兵器』が完成した。


にぎやかだった包囲陣が静まり返り、野戦要塞の城門の前に、純白のヴェールで顔を覆ったソレーヌが立つ。



本日の更新は以上になります。

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出たわね、コルネリア陛下の「売れますわ」
レジュカ陛下!!
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