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【完結】冷遇令嬢の才は敵国で花ひらく〜実家侯爵家で壊滅的被害? 自分たちでどうにかしてください【書籍版発売中!】  作者: 三矢さくら
第三部

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399.冷遇令嬢はなんだかいい匂い

星々が煌めく夜空の下、谷底から響く喧騒が収まり始める。


こちらの騎士たちが検分に下りていくと、ビルテさんが快活に笑った。



「私も、すこしはカッコいいところをコルネリア陛下に見ていただけたかな?」


「ふふっ、見事な統率。惚れ惚れといたしましたわ。でも、すこしだけ違います」


「ほう……、なにかご不満が?」


「ビルテさんは、ずっとカッコいいですわよ?」



わたしの言葉に、ビルテさんが鮮やかな赤髪をかき上げ、愉快げに笑ったときだった。


トリモチ兵器で互いに引っ付き合い、ひと塊になって谷底で拘束されているバスチアンの兵たちが、突然、()()()



「……え?」



空に舞ったのは、数人の兵士。


その中から、大きな騎影が飛び出す。



「自分の兵を傘代わりにして、トリモチ兵器が粘着するのを防いでいたのか」



ビルテさんの険しい声が飛ぶ。


谷底を駆ける立派な体格をした武将の、輝くようなロングヘアの金髪を松明の灯りが照らした。



「バスチアン……」



馬に鞭を入れ、脱出を図るバスチアンの鋭い鷹のような眼光がその逞しい肩越しに、崖上にいるわたしを射抜いた。


バチリと音のしそうな視線の交錯。


谷底にはすでにこちらの騎士が下りていて、あらたにトリモチ兵器は使えない。


さらに数ヶ所で兵士が空に弾け飛ぶ。


筋骨隆々とした数騎が飛び出し、バスチアンに続いて渓谷からの脱出を図る。


グッと眉根が寄った。


バスチアンや、その側近たちが、兵士の身体を物扱いして自分の身を守っていたという事実に、激しい嫌悪感が沸く。


そのとき、外套を脱ぎ捨てたメッテさんの身体が、弓なりに大きく後ろにしなる。


(あざみ)の刺青が映える右腕から、鉾槍(ハルバード)が逃げるバスチアンの背に向けて放たれた。


命中するやに見えた、その刹那。


バスチアンの太い腕が、グッと握り込まれて鉾槍(ハルバード)を弾き飛ばした。


そして、夜陰に消えた。



「逃がしたか……」



メッテさんが吐き捨てたとき、ルイーセさんはすでに陰働きの騎士を周囲に集めていた。



「……大河全軍でバスチアンの行方を追う。それでいいな?」


「はい。お願いします」


「いちばん近いのは、待機させているコショルーの遊撃部隊だ。ほかの部隊にも急報を入れ、非常線を張らせる」


「バスチアンが切り離した歩兵に合流されたら厄介です。後詰めのイグナス陛下に急行してもらい、歩兵の鎮圧と捕縛を」


「分かった。すぐに伝令を飛ばす」



渓谷上に布陣する騎士団も慌ただしく動き始める。


まずは、トリモチ兵器で拘束した兵たちを救出の上、捕縛しないといけない。そのまま、もがき続けられたら、最悪は窒息ということも考えられる。


敵兵とはいえ、放ってはおけない。



「私……、カッコよくなかったな」



と、すべての指示を出し終えてから口をへの字に結んで渋い顔で落ち込むビルテさんを励ましつつ、一緒に地図を睨む。


バスチアンの敗走ルートを特定したい。


ただ、いずれ明らかになるとはいえ、丘陵地帯の窪地に突如出現したバスチアンの奇襲ルートさえ、いまだ解明できていない。


地の利はバスチアンにあり、地図の上だけで推測するのは至難の業だった。


悪態をついたり、号泣していたりするバスチアンの兵たちをなだめ、説諭しながら端から順に剝離液で救出し捕縛する。


兵の乗っていた馬も救出し、これは接収していく。


夜空にはピピンが幻影投影機(ファンタスマゴリア)で投影した天女が舞い、恐慌状態の兵を落ち着かせる。


空が白んできた頃、最後に救出したふたりの兵は、すっかり達観していて修道僧のような表情をしていた。


そして、バスチアンの行方が判明する。



「申し上げます。バスチアンはわずかな供回り……、おそらく三十名ほどを引き連れ、ここからは北西に位置する野戦要塞に入って、籠城の構えを見せております」



密偵からの報告で地図に目を落とす。


すでにコショルー兵が急行しており、歩兵の捕縛を終えたイグナス陛下もクランタス軍を率いて向かってくれているという。



「……おおよそ南の方角に脱出したバスチアンが、どうやって北西に向かったのか」



地図を指さす。



「この地点の断崖絶壁を、()()()()()()()としか考えられません」


「ん? ……断崖を? 横に? ん?」



エイナル様も地図をのぞき込む。



「はい。……崖の岩肌を横に、まっすぐにです。それも、移動速度を考えれば、騎馬のままです」


「そんなこと……」


「……すさまじいまでの馬術。そしてなにより、その狂気の発想」



背筋に冷たいものが走る。


おなじことを、共に逃げた配下の兵たちにもやらせたのだろうか?


優先順位は低いものの、崖下に転落した兵がいないか探索するようにと、密偵に命じる。


バスチアンはただ怨みの怪物であるというだけではなく、自らも極限まで身体を鍛え込み、卓越した個の武勇も備えた、知勇兼備の名将でもあるのだ。


決して侮ることはできない。


大陸各地に散っていた大河帝国軍の、すべての軍勢に伝令を発する。


ライミス殿下率いるブラスタ軍には、一旦集結の後、帝都の崩壊で混乱する大陸西方の平定に向かってもらう。


残る全軍には、バスチアンが立て籠もる野外要塞の包囲を命じた。


テンゲル軍のうちケメーニ侯爵率いる部隊が渓谷に到着し、捕縛したバスチアンの兵を引き渡す。


ひと晩、むさくるしい兵士同士で引っ付き合って夜を明かし、すっかり戦意を喪失しているとはいえ、もともとバスチアンへの忠誠が「狂信的な崇拝」とまで称される兵たちだ。


決して油断はせず、近隣の拠点に捕虜として収容し、厳重な監視下に置く。


出立の準備が整い、わたしがエイナル様の馬の前に乗せていただいたとき、コショルー公王ピシュタ殿下からの急報が飛び込む。



――バスチアンの立て籠もる野戦要塞の包囲を完了。すべての門扉をトリモチ兵器で封鎖。



これで、バスチアンは籠の鳥。


わたしは、大河帝国女帝コルネリアの名において、大陸全土に檄文を飛ばした。



――悪皇帝バスチアンの精鋭部隊は壊滅。バスチアン自身は寡兵を率いて野戦要塞に籠城した。大陸に法と秩序を回復せしめんとする者は、包囲軍に参陣されたし。



密偵をフル稼働させ、さらなる旧王国の決起と、バスチアンの功臣たちの離反を促していく。


わたしたちも出立し、道を塞いでいた大木を撤去して渓谷を通り、山岳地帯を抜けていく。


西の空がかすかに赤くなり始めた頃。峠を越えた先で、バスチアンが籠城する野戦要塞を遠目に確認する。


すでにイグナス陛下のクランタス軍と、テンゲル軍のうちフェルド伯爵率いる部隊が先着しており、コショルー兵と共に鉄壁の包囲陣を敷いていた。


さらに西からは、ボグラーカ率いるバーテルランド軍の騎影。そのやや南で砂塵を舞わせているのは帝国元帥(おじいさま)率いる司令部隊だろう。


まさに蟻の這い出る隙もない。


山岳地帯の下り道を慎重に進み、夜更けにわたしも着陣した。


盛大に篝火の焚かれるなか、帝国元帥(おじいさま)、ピシュタ殿下、イグナス陛下、フェルド伯爵、ボグラーカの各将から戦況の報告を受ける。


ボグラーカが声を低く響かせた。



「……要塞内に侵入し、バスチアンを討って参りましょうか?」


「いえ。このまま包囲し、復興した大陸諸国、および独立した旧功臣国からの参陣を待ちます」



渓谷の戦いで仕留め損ったことで、バスチアンの英名を上げてしまった。


それほどの英雄を、ここで強襲して戦死させれば、後の世に「殉教者」や「悲劇の英雄」として名を残させかねない。


歴史的に見ても、追い詰めた英雄を力攻めで滅ぼすのは明らかな悪手。死に物狂いの反撃を受ければ甚大な損害もあり得る。


最悪のケースは強襲の上、自刃を許してしまうことだ。



――稀代の英雄、バスチアン陛下のご遺志を継ぐ。



などという愚か者が出てこないとも限らない。


戦後の統治体制を考えても、生かしたまま「時代が終わったこと」を認めさせるプロセスが不可欠だ。



――英雄が無様に、あるいは静かに降伏、もしくは捕縛される。



という事実を大陸に見せつけ、その権威を完全に失墜させたい。


逃亡や強行突破を許さないよう、すべての城壁と城門を囲む陣形を確認していく。



「基本的な考え方は、前、後ろ、右と左。それぞれ二重から三重。できれば四重の陣形を編んで、突入してくる敵兵を『柔らかく受け止める』ことです」



すでに参陣済みの復興した王国の軍にも持ち場を与えるように留意しながら、夜のうちの陣形の組み直しをお願いする。


兵法の定石通りで考えるなら、次の夜明け前がいちばん危ないけれど、奇襲を得意とするバスチアンのことだ。いつ突撃を図るか知れたものではない。



「が……、がっはっはっ……」


「え、なに? コルネリア」


「あ……。お義祖父(じい)様の笑い方をマネしてみたくなって……」



眼前では、帝国元帥(おじいさま)が大らかに笑って大陸を大移動してきたばかりの軍勢を鼓舞しながら、複雑な多重陣形をよどみなく編み直してくれている。


皆、疲れているだろうに、帝国元帥(おじいさま)が笑うと「もう、ひと仕事やるか……」といった苦笑いを浮かべて、身体が軽くなっているように見えた。


こればかりは長年戦場を駆けてきた年輪のなせる業というものだろうし、付け焼刃に笑い方だけマネしても仕方ないのだろうけど、ついやってみたくなったのだ。


陣形の再編が完了したとの報告を受け、わたしも陣中を視察する。


これからバスチアンの籠城が続く限り、交代で寝ずの番ということになる。兵をねぎらって回った。


そして、わたしも天幕で仮眠をとる。


夜明けと共に、降伏を勧める使者を城門に立たせたのだけど、矢を打ち込まれた。



「長期戦はこちらの望むところ。……これから続々と参陣してくる兵の多さに、敗北を悟ってくれるといいのですが」



お昼過ぎ。馬足の速い二輪の馬車で、地母神王国のシルヴィ陛下が参陣された。


わたしたちは手を取り合って、再会を喜び合う。



「最初に反攻の旗を掲げた地母神王国が、遅参したのでは様にならないからな」



シルヴィ陛下は、ツリ目気味の青い瞳を悪戯っぽくほそめ、肩にかかる程度の金髪を耳にかけた。


刈り上げたサイドカットが誇らしげで、森の奥深くにいるような清涼な香りが漂った。


後続の本隊が到着するのは、明日の未明になる予定だという。


それから、続々と参陣が続き、バスチアンを包囲する兵はさらに厚みを増していく。


東方王を称したガストンが着陣する。


ガストンは片膝を突いて頭を垂れ、シルヴィ陛下を筆頭に、遊牧王国のドリアーヌ陛下や騎馬王国のフロランス陛下たちに対して、過去の侵略を詫びた。



「……亡くした同胞の命は戻らぬ。怨みは忘れぬ。……が、生き残った民の未来ため、そなたを許すことにする」



シルヴィ陛下は冷厳なお声を響かせた。


続いて、猛牛王ボードゥアンが着陣。


大きな身体をたたみ、ガストンと同様に頭を垂れ、シルヴィ陛下たちに謝罪する。


さらに、鉄槌王ゲルハルト、潮騒王モーリス。着陣するたびに、復興した王国の女王たちに頭を垂れていく。


そして、北部王を称した、軍神ヴァレリアンの着陣を迎える。


まずは、わたしへの拝謁を許し、現れたのは服の上からでも分かるほど肩幅が広く、鍛え上げられた逞しい体躯をした偉丈夫。


鮮やかで深みのあるオーバーンのロングヘアに、鋭くて意志の強さを感じさせる切れ長の瞳。


黒を基調としたタイトなジャケットには、胸部から襟元にかけて、非常に緻密な金色のアラベスク紋様が刺繍されており、深紅のサッシュを大胆に斜め掛けにする。



「……バスチアンの軍略、気性、性情、すべてを読み切られたコルネリア陛下に、我が軍略は完敗しましてございます」



片膝を突いて頭を垂れる。


参陣が遅れたのは、ヴァレリアン自身の見立てに従いペルデュ平原に急行していたからだった。



「ヴァレリアン陛下が、我ら法と秩序の側に参陣されたことで、この戦いの勝敗の行方が定まりました」


「この上は私の治める北部の民のため、コルネリア陛下のお下知のもと陣の末席を汚させていただきたく存じます」


「……それでは、以後は我が帝国元帥の指揮下に入られますよう」



主要な旧功臣、そして、復興した国々の王や代理の将帥たちが出そろう。


大陸の東方からは、燕翼の茶会の皆様がご到着。



「……貴公らは親友(バスチアン)と共に戦い、勝ち抜いた。その事実は揺るがぬ。過ちは時間をかけて償うほかないが、治める民のためにも卑屈にはなるな」



職人王妃レジュカ陛下が持ち前の気風のよさを活かして、旧功臣たちを慰撫してくださり、女王たちとの間を取り持つ。



「……ツラいときほど顔をあげよう。皆様の優雅な笑顔で、無骨な〈筋肉ダルマ〉どもを圧倒してこそ、民が誇りを取り戻せるというもの」



厳しくも慈愛に満ちたレジュカ陛下のお言葉で、シルヴィ陛下たちが胸を張る。


ヴァレリアンと同時にご到着されていたリエパ陛下が、可憐に微笑まれた。



「……あの呼吸はレジュカ陛下ならではのもの。我らではマネできませんわ」


「ええ、形は違えども、レジュカ陛下もご苦難の道を歩まれました。お言葉の重みが違いますわね」



と、カーナ陛下が優美に頷かれた。


ナタリア陛下は、旧功臣やその将兵に石鹸を配って歩き、とてもありがたがられた。


ひとつの都市を形成したかのような分厚い包囲陣が、なんだかいい匂いに包まれる。


バスチアンは要塞に籠ったままで動きを見せない。



「そろそろ要塞内の食糧が尽きてもおかしくない頃合いですが……」



ガストンが険しく目をほそめる。


夜ごと、ピピンの幻影投影機(ファンタスマゴリア)ショーが開催され、包囲陣からはやんやの喝さいがあがり、野外要塞には投降を呼びかける。


そんな中、海岸沿いから急報が届く。



「……思ったよりも早かったですわね。決着がついた直後を狙ってくるかと思っていたのですが……」



フレイザー帝国の皇帝自らが率いる海軍の大船団が姿を現し、わたしとの会談を求めてきたのだ。


戦後体制を考えれば、避けては通れない道だ。


わたしは、フレイザー皇帝および、その家臣団の参陣を認めた。



本日の更新は以上になります。

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