397.冷遇令嬢は敗走する
ピピンが仕立てた極彩色のにぎやかな装束を身にまとった軍楽隊を先頭に、大河帝国軍の進軍を開始した。
陣立ての先鋒は、遊牧王国の女王ドリアーヌ陛下、騎馬王国の女王フロランス陛下、そして、ロアン王国の修道女王ソレーヌ陛下を擁する、バーテルランド軍とブラスタ軍。
ボグラーカが3女王を護りつつ、ブラスタの曲者大将軍ライミス殿下が進軍途上にある旧王国の決起と合流を促す。
その中心では帝国元帥が豪放磊落に笑いながら、進軍の総指揮を執る。
先鋒だけでも大河流域の二ヶ国連合軍。
帝国元帥の大らかな笑い声が兵の緊張をほぐしながら、警戒の手は緩めない。
先頭に3女王を立てることで、バスチアン征討の進軍は、あくまでも大陸国家が主役であるという体裁を保ちつつ、にぎやかな軍楽が暴政からの解放を民に告げる。
中軍はビルテさん率いるテンゲル軍。
大陸全土に散らばる密偵と『裏庭の騎士』たちの情報を集約しながら、進軍の中枢を担う。
続いて、双燕騎士団に護られたわたしの馬車が進み、後詰めはイグナス陛下率いるクランタス軍。
壮大な進軍が、にぎやかな軍楽をかき鳴らし、ときには曲に合わせて幻灯矢で花びらや紙吹雪を舞い散らせながら、大陸の荒野を進む。
すでに高原王国の救援に出兵したポトビニス兵と、公王ピシュタ殿下率いるコショルー兵を遊撃部隊とし、敵からの急襲に備える。
リレダル軍のうち、お義父様率いるソルダルの兵はガストン領の接収に向かい、残るリレダルとホイヴェルクの兵は、ホイヴェルク公爵セヴェリン閣下の指揮のもと占領地の守備に残ってもらった。
万が一、バスチアンに押し返された場合に備え、退路の確保は重要だ。
くわえて戦後体制を考慮すれば、大陸と直接国境を接するリレダル王国の兵を、あまり大陸の奥深くまで進ませたくはない。
薔薇王国の姉妹の共同女王からは、3女王の即位と、大河帝国の建国、その進軍を祝う薔薇の花が届いた。
「ソレーヌに届いた薔薇……。棘が鋭かったですわね」
「……ロアンの侵略を許したわけではないけど、いまは味方として認める。ご姉妹の覚悟が伝わる選定だったね」
馬車に並んで腰掛けてくださるエイナル様と、視線を交わし合う。
ピピンがわたしに用意してくれたのは、白磁に朱と黄金の意匠が躍る、絢爛豪華な儀礼用のパレード馬車。
屋根を前後に開放したその車体は、優美な曲線を描くゆりかご型で、祝祭の熱狂にふさわしい気品とゆとりを湛えている。
武力制圧という禍々しい様相を極力抑え、平和の到来を民に告げたい。
長い隊列の先頭を進む3女王にも、おなじデザインの馬車に乗ってもらっている。
遊牧王国のドリアーヌ陛下の隣には王配ヘラルト陛下が、騎馬王国のフロランス陛下の隣には王配デジェー陛下が座り、王国の再建とご新婚の祝祭感が進軍を彩る。
わたしの乗る馬車の両脇を護ってくれるのは、長柄の武器を手にするルイーセさんとメッテさん。後衛はクラウスだ。
馬車の屋根は完全に開放しており、遠くから強弓で狙われたら、3人が叩き落としてくれる。
ただし、見えない場所から陰働きの騎士たちが、常に超高倍率の望遠鏡で哨戒にあたってくれており、3人の護衛はあくまでも最後の防壁だ。
片足を馬の鞍に乗せたメッテさんが、目をほそめて行軍の先頭方向を見詰めた。
「……帝国元帥、なかなかやるな。このおめでたい進軍でも、兵を弛緩させてない」
「大雑把で豪放磊落に見えても、戦場の指揮官としては超一流だ。……歴史に残る大軍勢を預かって、張り切ってるだろうしな」
ルイーセさんが不愛想に呟く。
わたしが直接指揮を執ったのでは「民にフレンドリーに」という指示と「敵襲に備えた警戒を」という命令を、うまく両立させられなかったかもしれない。
戦場を知り尽くした歴戦の名将である、お義祖父様の起用は正解だった。
ロアンの兵とも呼べない悪辣な者たちを捕縛し、街や村を解放しながら、ゆったりとした進軍を続ける。
寒村を通り過ぎたとき、民家の軒先に、比翼双燕紋を描いた紙の小袋を貼り付けてくれているのが目に入った。
わたしの密偵と、ガストンに託した救荒作物の種が届いているのだ。
そして、わたしたちへの密かな歓迎。
民の心情を思えば、西からロアン帝国に蹂躙されたかと思えば、今度は東から大河帝国が侵攻してきたことになる。
大河の兵が勝てばよいけど、猛威を振るった最強無敵のロアン帝国が、ふたたび帰ってこないとも限らない。
そうなれば粛清の嵐が吹き荒れる。
息を潜めて成り行きを見守りつつ、わたしたちによる解放への、密かな賛同と応援の意も表したい。
そうした想いが、軒先に小袋を貼り付けさせたのだろう。
行く先々で、軒先の比翼双燕紋に見守られながら、にぎやかな行軍は続く。
「申し上げます! 渓谷王国の国王陛下。再建された国軍を率い、バスチアン征討の隊列に加えてほしいと帰順を申し出られております!」
「……帰順ではなく同盟。それでよろしければ、どうぞお加わりくださいと伝えてください」
「申し上げます! 潜伏していた湖畔王国の大将軍。バスチアン征討にぜひとも加わりたいと、手勢を率いて参陣されました!」
「心強いことです。どうぞ、先鋒の隊列に加わり帝国元帥の指揮下にと」
進軍経路の途上で、次々に旧王国が復興を宣言しては、わたしたちへの賛同の意を表していく。
薔薇王国など、まだ征討の隊列に加わるだけの兵力がない国は、せめて紋章旗だけでもと軍旗手を送ってくる。
膨れ上がる先鋒の軍勢も帝国元帥が大らかに取りまとめてくださり、にぎやかな行軍は、さらに、にぎやかに華々しく。
やがて、リエパ陛下の手の者が、北部大公ヴァレリアンからの返書を届けてくれた。
――ペルデュ平原にて、北部の王は大河の女帝に片膝を突くことでしょう。
気取ったお返事に、苦笑い。
ただし、ヴァレリアンのたしかな軍略眼を示してもいる。
ペルデュ平原は、現在バスチアンが包囲する地母神王国よりはやや西方。こちらから見れば帝都の手前に広がる。
「……ヴァレリアンは、ペルデュ平原が決戦の地になると読んでいるのですわね」
大陸の広域地図を広げる。
西端に旧ロアン王国の領域があり、その手前にバスチアンが人質になっていた強国の旧王都――ロアンの帝都がある。
「バスチアンは帝都までは後退しない。その手前で決戦を挑む。……というのがヴァレリアンの見立てだね」
エイナル様も地図を睨む。
「ペルデュ平原はかすかに東に傾斜しているみたいだ。……野戦と見せかけて、守りやすく攻めやすい」
「はい。後背に回り込もうとしたら、奇襲に適した森林地帯を抜けなくてはなりません」
「……厄介な場所ではあるね」
そして、ヴァレリアンが王を称して、バスチアンからの離反を宣言した。
法と秩序を回復させ、民を悪辣な者たちから守るという誓約を条件として、わたしはヴァレリアンと盟約を結んだ。
続いて出兵中のガストンが王を称し、バスチアンからの独立を宣言。
同様の条件で、正式な盟約を結ぶ。
これで、ガストンの兵が自身の領地の側を通る、剛拳厩舎長レアンドルが同僚の百獣将軍キルケを誘ってバスチアンから離反。
ボードゥアン討伐軍が崩壊した。
レアンドルとキルケは、さしあたってボードゥアンに投降して、その旗下に収まり、ゲアタさんとボードゥアンを仲立ちとしてわたしとの同盟を求めてきた。
「……めちゃくちゃ飲みました」
顔色の悪いゲアタさんが帰還して、同盟条件を詰める。
「なによりも法と秩序の回復。領民の保護と慰撫。これは譲れません」
「うぷ……。それは厩舎長も大将も、よくよく理解しての投降です」
「……だ、大丈夫ですか?」
「ちょっと飲みすぎで……」
百獣公国と剛拳公国の独立を承認し、ルイーセさんが顔をそむけた。
「ご、剛拳……公国……っ。つ、強そうだな、おい」
「……本人が名乗りたいのなら、好きにさせたらいいでしょう」
包囲の解かれたボードゥアンも、バスチアン征討に向けて進軍を始めた。
これで、高原王国を攻めていた虎烈大将ソンブルは退路をボードゥアン軍に塞がれる形となって、和睦の申し出が届いた。
ソンブルの領地は帝都よりもさらに西にあって、帰れるところがない。
バスチアン征討後に領地での法と秩序を回復させると誓約させて、わたしたちの隊列に加わることを認めた。
さらに、フレイザー帝国による海上封鎖が完了したとの報せが届く。ばあやのお手柄だ。
これにより、バスチアンは完全に補給の道を断たれた。いま手元にある糧食を食べ尽くせば、あとは餓えるだけ。
また海上封鎖により、交易を担ってきた功臣のひとり潮騒卿モーリスが離反を宣言。王を称して独立した。
くわえて情勢を読んだ鉄槌公ゲルハルトも、おなじく王を称して離反。
そして、ソレーヌの即位でロアン王国の復興を宣言したことが、帝都を預かる文官たちの動揺を招き、帝都が崩壊する。
文官たちが火を放って逃亡したのだ。
「バカなことを……」
と、天を仰いだのだけど、後の祭りというものだった。
帝都の民は密偵たちが避難誘導してくれて、犠牲者は出なかったとの報せが届いても苦いものを禁じ得ない。
地母神王国の西方。バスチアンの本拠地ともいえる帝都以西は大混乱に陥っているとのことだった。
大陸全土が反バスチアンに染まる中、バスチアンはついに地母神王国の包囲を解いて西に動いた。
ヴァレリアンの読み通り、ペルデュ平原に向かっている。
「……勝利を確実なものにしましょう」
先鋒の軍勢を四手に分ける。
各地に兵を送って、混乱を鎮めて旧王国の復興を促して回るためだ。
さらに、中軍のテンゲル軍も三手に分けて各地の慰撫に回らせる。
それぞれの軍勢の指揮をフェルド伯爵、ケメーニ侯爵、ペーチ男爵に任せ、ビルテさんはわたしの側に付いてくれる。
「やれやれ……。ようやくコルネリア陛下のお側に戻ってこれた」
「申し訳ありません、ビルテさん」
「ふふふっ。……いつも、いいところはルイーセやクラウスに持っていかれるからな。たまには私もお側に置いてもらいたいものだと思っていた」
ビルテさんもわたしの護衛に加わってくださり、ゆったりとした進軍が続く。
ここまで、一滴の血も流れていない。
ピピンは出番がなくて退屈そう。わたしの馬車の床に寝転がって、足をバタバタさせている。
「ふふっ、もうすぐよ。……バスチアンを討つとき、ピピンには大活躍してもらわないとね」
「……分かってるんだけどねぇ~。暇だぁ~っ!」
やがて進軍は小高い丘がいくつも連なる、丘陵地帯にさしかかった。
その狭間。すり鉢状になった窪地を通り過ぎるとき、近隣の民が押し寄せてくれた。
わたしたちの進軍と、大陸各地での旧王国の復権、功臣たちの離反の報が重なり、大陸の民も安心してくれたのか、なけなしの食糧とお酒を献上しにきてくれたのだ。
行軍を止め、民を引見する。
「……ながき苦難に耐え、よくぞ生き残り、よくぞ故郷に踏みとどまられました。最大限の敬意を払い、皆と共に解放を喜びたいと思います」
涙を流す民たちと、かるい宴席を持つ。
双燕騎士団の騎士たちも、民と杯を酌み交わしては、その苦難の日々をねぎらう。
小雨が降り始めたので天幕を張り、祝宴を続けた。
周囲を囲む丘が霧雨にかすんで、風情ある景観を描き出している。
やがて、日が沈むと、篝火を焚いて民たちをねぎらう宴席をつづけた。
皆、とてもいい笑顔。
この笑顔を取り戻したくて、はるばる大河からこの地までやってきたのだと、胸の奥から温かいものが湧き上がる。
そして、皆が騒ぎ疲れて、寝静まった夜半過ぎ。
ルイーセさんが耳元で囁いた。
「……バスチアンの兵が、ここから2時間の距離に出現した。奇襲だ」
丘陵地帯の狭間のような地形。
わたしがとどまる窪地は雨でぬかるみ、周囲は丘が視界を遮る。
ビルテさんの指揮で、お酒は民に勧めて、水ばかりを飲んでいた双燕騎士団の騎士たちが、手早く陣地を荒らしていく。
「ふふっ……、宴に興じていた阿呆どもが、算を乱して逃げ出したように見せかけないとな」
わたしはドレスを脱ぎ捨て、丁寧に泥水に浸けてから、軍用外套のフードを目深にかぶり、馬車を放棄して、エイナル様の馬の前に乗せていただく。
「さあ。鬼さんこちらの、追いかけっこですわねっ!」
「ふふっ……、まったく。コルネリアの策は鋭すぎる」
「有利な戦場に誘い込みたいのは、バスチアンだけではありませんわよ?」
小雨降る中、無残な敗走を開始する。
先頭を駆けてくださるビルテさんが妙に活き活きとしていて、皆の苦笑いを誘った。
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