395.冷遇令嬢は祝福を与える
帝国元帥が本陣を移していた北の砦に入る。
占領地の統治は順調で、進軍に向けた準備を始めてくれていた。
「……ようやく、コルネリア陛下の考えておられたことが腑に落ちましてございます」
旅装のまま、わたしに用意してもらっていたお部屋に向かう途中、帝国元帥が感慨深げに呟いた。
「血を流さぬ戦。……お優しい心だけではなく、冷徹な計算に基づかれていたのですな……」
「……大河の民の血が、この大陸で一滴でも流れたなら、この出兵の〈対価〉が問われることになりましょう……」
「それが領地なのか利権なのか……。恐らくはバスチアンを下した後も続く、大陸の泥沼の混乱に、大河が巻き込まれることになりますな」
「……大河帝国はあくまでも傍観者、あるいは仲裁者の立場を維持したいと考えています」
「いや……、恐れ入った。勝利以上の勝利を目指されていたのですな」
冷たいようだけど、大陸の秩序は大陸で取り戻してもらわなくてはならない。
バスチアンの破壊と暴虐で大陸は深い傷を負っている。そのすべてを大河で背負うことはできない。
ただ、ふたたび立ち上がる、そのお手伝いをすることはできるし、そうでなくては大陸の混乱が大河にまで及ぶ。
お部屋ではカリスが出迎え、わたしをドレスに着替えさせてくれる。
「ネル。ずっとラフな旅装ですごして、ドレスが窮屈なんじゃない?」
カリスが悪戯っぽく笑った。
「そうも言ってられないわよ」
「……そうね。どうだった? 大陸の〈お出かけ〉は」
「う~ん……、もっとのんびりできるようになってから、もう一度訪ねたいわね」
「ふふっ、そうね。……もうすぐよ」
皇配としての正装にお着替えになられたエイナル様が迎えにきてくださり、その腕に手を載せた。
砦の大広間に向かい、燕翼の茶会の皆様、帝国元帥、ビルテさんやボグラーカたち、各国の大将軍。
みんなが、笑顔で出迎えてくれた。
エイナル様と並んで玉座に腰をおろす。
「……わたしの不在中、よくこの占領地を治めていただきました。バスチアンを討つ機は熟しました。大陸を平定し、大河への帰還の日は近いと兵を鼓舞してください」
皆様から、現状の報告を受ける。
大河帝国軍が占領している領域にかつて存在した四王国。
うちひとつは完全に壊滅していて、旧王族はおろか、旧重臣の係累ですら発見することができなかった。
そのため、ここは大河帝国の保護領として、いずれ総督を派遣する。
大河帝国が唯一獲得する、あらたな領土となる見込みで、今後もしも大陸側でなんらかの異変が生じたときには、それを察知する橋頭堡となるはずだ。
そして、もうひとつの国では、旧王族こそ発見されなかったものの、旧重臣である高位貴族の縁者が数人見付かった。
そこで、それぞれの領地を「公国」や「伯国」として独立させた上で、連合政体を敷く自治領として再編してもらう。
これらの手筈はすべて、燕翼の茶会の皆様が、各地の領民への根回しまで完璧に済ませてくれており、わたしは最終的な承認を与えるだけでよかった。
そして、王族の発見された残る二王国。
まずは羊飼いに身をやつし、遊牧の旅を続けて身を潜めていた王女を引見する。
介添え役のカーナ陛下に付き添われて姿を見せた、日に焼けた褐色のお肌が印象的な、鋭い眼光を放つ大きな明るいアンバーの瞳をした、旧遊牧王国の王女、ドリアーヌ殿下。
華奢な体格をされているのに、精悍な印象を受ける、不屈の意志を感じさせられる凛とした女性だった。
肩にかからない程度のマットブラウンをしたショートボブの髪を揺らし、わたしの前で片膝を突いてくださった。
「……ん? それは……、ドリアーヌ殿下のご意思ですか?」
と、思わず首が前に出たのは、ドリアーヌ殿下が婚約者をお連れだったからだ。
「はい……。カーナ陛下よりご紹介いただき……、意気投合いたしました」
「む、無理してませんか? その、政略結婚的な……」
「いえ、私にはもう、ヘラルト殿下なしの人生は考えられません。どうか、ご承認を……」
すまし顔でたたずむカーナ陛下に視線を向けて、説明を求める。
「……ドリアーヌ殿下は狼を杖一本で叩き殺せるほどの度胸と、一頭の羊の死が家族の飢えに直結する厳しさを身に付けられたお方ですわ」
「そ、そうなのですね」
「一方でヘラルト殿下は、宮廷儀礼や外交知識に長けたお方。互いが互いを補い合えると、それはもう熱烈な恋を……」
「あら……、それはそれは」
部屋の外で待機していたヘラルト殿下も招き入れ、意思を確認する。
すっかり「枯れた」風情は変わらないのだけど、ドリアーヌ殿下を見るその瞳はとても愛情深いものだった。
「……ドリアーヌ殿下は言葉数こそ少ないですが、本質を突くひと言が実に鋭く」
「え、ええ……」
「虚勢を張って生きてきた私が初めて出会った……、自分を偽らなくていい相手なのです」
「それはそれは」
当面、遊牧王国は大河帝国からの庇護を受けることになるし、それを慮っての政略結婚的なものなら再考させるつもりだったのだけど、ふたりはすっかり熱々。
カーナ陛下の眼差しも慈愛に満ちている。
「……ドリアーヌ殿下もご不安だったのです。3代前の王の玄孫という王家としては傍流も傍流にお生まれで、王政の枢機に触れたこともなく」
カーナ陛下の言葉に、ドリアーヌ殿下が精悍な褐色の頬を、薄く紅色に染めた。
「それを……、ヘラルト殿下がとても丁寧にお導きくださったのです」
「私の天命はコルネリア陛下に国を譲ることでした……」
ヘラルト殿下が枯れた風情で目を糸のように細くした。
ギラつくスプーンのように濃い銀髪はそのままに、すべてを達観したような声音には、確かにこちらの心を落ち着けてくれるものがあった。
「……天命とはときに惨く、ツラいものです。ですが、人生の最後にまぶたを閉じるとき、天命をまっとうせずにいたら、ひどく後悔するだろうと思うのです」
あのバーテルランドの政変において、ヘラルト殿下がそのようにお感じだったとは、わたしにとっては初めて触れるヘラルト殿下の胸の内だった。
そして、それはドリアーヌ殿下のお心をひどく軽くするものであったらしい。
「ヘラルト殿下のお言葉に、ハッと目の覚めるような思いがいたしました。……王家でただひとり生き残ってしまったことの意味を、自分なりに受け止めることができたのです」
ふたりは、そっと手を握り合った。
ヘラルト殿下が、わたしに頭をさげる。
「……これほど強く、誰かから求められたことはありませんでした」
「そうですか……」
「……バーテルランドの行く末を、すべてコルネリア陛下に押し付けてしまうことになりはしますが……。お許しをいただけるのなら、ひと仕事やり終えたと胸にひとつだけでも宝物を持って、冥府に旅立ちたいと思います」
ヘラルト殿下のお言葉に胸を打たれる。
一度完全に滅亡した遊牧王国の立て直しは、過酷なものとなるだろう。
テンゲル=バーテルランド連合王国における、バーテルランドの王子として暮らす方がよほど安穏と生きられるはずだ。
けれど、苦難の道であっても、手を取り合って共に歩みたい伴侶に巡り合えたのなら、それは素晴らしいことだ。
思えばヘラルト殿下の人生は、挫折の連続であったことだろう。
ミリヤム砦の攻略はエイナル様に阻まれ、モンフォール侯爵領を手に入れようという策謀は、わたしに阻まれた。
兄である王太子との王位継承の競争は、若手貴族たちの起こした無謀なクーデターによって根底から覆された。
器量に見合わぬ大それた野心を抱いた果てのことだと言えばそれまでだけど、本人としては苦悩に満ちた半生であったはず。
それが、真に歩むべき道を見付けたということであれば、喜ばしいことだと思う。
「承知いたしました。……バーテルランドの女王位にある者として、ヘラルト殿下の婚姻に祝福を与えます」
ドリアーヌ殿下の即位式を、そのまま結婚式とすることにして、わたしはバーテルランド女王として正式な承認を与えた。
これで、継承権順位第831位で即位したわたしだとはいえ、遊牧王国の王家は縁戚ということになる。
早期の自立を図れる援助を約束して、ふたりをさがらせた。
手を繋いで立ち去るふたりの背中に、カーナ陛下が慈愛に満ちた眼差しを向けた。
「……婚姻とはできすぎですが、将来を不安がるドリアーヌ殿下にヘラルト殿下をご紹介できたことは、このカーナのお手柄ですわ」
「ふふっ、ほんとうですわね」
「こんな私でも、人を幸福に導くことができました」
「カーナ陛下……」
「コルネリア陛下とエイナル陛下のお陰ですわね」
はにかむようなカーナ陛下の微笑みが、妙に眩しかった。
続いて、洗濯婦として働きながら街に潜伏していた、騎馬王国の王女、フロランス殿下を引見する。
介添え役はナタリア陛下。
こちらでもまた、思いがけない笑顔を目にすることになった。
本日の更新は以上になります。
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