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394.冷遇令嬢は頭を撫でてあげたい

ガストンとの会談は、わたしが想定していた以上の大きな転換点となった。


会談場所の丘を下りたときには、既に空の大半は藍色に沈み、西の地平線だけがほのかな橙色に染まっていた。


メッテさんがニヤリと笑って、わたしをねぎらってくれる。



「なかなか見応えがあったぜ?」


「……くたびれましたわ」


「はははっ! ご自分と対等に軍略を議論できる相手に飢えていたのは、コルネリア陛下もおなじだったか」


「もう……、クタクタです」


「だけど、目は輝いてるぜ?」



メッテさんに苦笑いを返してから、ルイーセさんの張ってくれた帷幕でドレスを着替え、エイナル様の馬の前に乗せていただいた。



「本陣に戻ります」


「ん? ……コルネリアは、ほかの功臣調略、特に北部大公ヴァレリアンの離反を誘いに行くつもりじゃなかった?」


「はい。……ですが、ここはガストンからの献言を容れることにしました」



故郷を追われた同胞――旧マルク伯国の民を自分独自の諜報網として持つガストンの見立ては、わたしの密偵たちが集めた情報の不足を、完全に補った。


バスチアンを討つと覚悟を決めたガストンは、実に理路整然と大陸の状況を語ってくれた。



「……コルネリア陛下は、バスチアンの兵を削ぐべく、かなり計画的に旧王国たちに反旗を掲げさせていますね」


「ええ……、ガストン卿にはお見通しでしたのね」


「……バスチアンが反応せざるを得ない場所とタイミングで反旗があがる。火の手が小さいうちに対処したいと思わせる。……ここまでは、まずは見事な打ち手かと」



ガストンが、いまもバスチアンの幕下(ばくか)にあったならと思えば、空恐ろしい気持ちにもさせられる。


闇の晴れた透んだ瞳が、わたしを射抜く。



「ですが、コルネリア陛下。これ以上バスチアンの兵を削げは、それは、バスチアンを強くすることになります」


「……えっ?」



ガストンの表情からは、最初に会ったときの不敵さは消え、淡々と計算結果を語る学者のような佇まいでわたしを見詰める。



「……兵を削げば削ぐほどに、バスチアンの手元には、狂信的なまでにバスチアンを崇拝する精鋭だけが残ります。そして、本来のバスチアンは小回りの効く小兵だけを率いた奇襲攻撃を得手とする将です」


「なるほど……。手元の兵が減れば、バスチアン陛下の軍才が研ぎ澄まされるという訳ですわね」


「大陸統一の総仕上げにあたり、大兵力の指揮を執ったのはヴァレリアンです」


「軍神と名高い……」


「ふふっ……、ヴァレリアンの話は後に回しましょう。ともかく、いまの兵力ならばバスチアンの()()()を完全には活かせず、足枷の付いた状態です」


「……いまが、大河帝国軍の存在を明かす機だと?」


「はい。……バスチアンは、シャルルからの情報でコルネリア陛下の政略、軍略を研究していました」



それは、ソレーヌからも聞いていた。



「……大陸各地で暗躍する〈大河の麗人〉。その存在にバスチアンが気が付く前に、こちらから教えてやれば、精神的な優位を確固としたものにでき、主導権を完全に握れます」


「わたしの存在が、バスチアンの思考を止める……、と?」


「そうです。……いずれ、バスチアンは自分の諜報網がボロボロになっていることにも気が付くでしょう。奇襲攻撃を好むバスチアンにとって本来、情報は命です」


「ええ……」


「……立て直しに取り掛かれば、それは迅速に行われます。目と耳が奪われているいまが最大の機です」


「分かりましたわ。……暗闇からヌッとお化けが出る要領で、バスチアン陛下に大河帝国軍とわたしの存在を明かせばよいのですわね?」


「……ふふっ、さすが話が早い。大河帝国軍が占領している地の旧2王国の復興と、ソレーヌの即位。3人の女王を擁して大河帝国軍が西進を始めれば、バスチアンの思考は一旦、完全に止まるでしょう」


「ふふっ、ガストン卿は?」


「そのタイミング……、ヴァレリアンが王を称して独立した後に、私も王を称して独立し、大河帝国軍の北側を並進するように進軍しましょう」


「……ヴァレリアン殿が王を?」



すでに、ガストンがなんらかの工作を終えているのかと思った。


けれど、ガストンは皮肉げに口の端を歪める。



「ヴァレリアンは、王になりたい男なのです」


「えっと……」


「……バスチアンは自分が帝位に就けば、王に封じるとヴァレリアンに約束していました。ですが、それは反故にされたままです。……私へのマルク伯国を復興するとの約束と同様に」


「そうでしたのね……」


「コルネリア陛下が、わざわざ危険を犯してヴァレリアンのもとに足を運ばれる必要などありません。大河の女帝として親書を一通出せば、ヴァレリアンは寝返るでしょう」


「……親書?」


「お前を王と認める――、と書き送ってやってください。ふふっ……、ヴァレリアンは、ボードゥアンほど単純な男ではありませんから、自ら王を称したりはしません。が……、他国の皇帝から勧められたという理由ができれば……」


「ふふふっ……。わたしはヴァレリアン殿を褒めそやす親書をしたためれば良いのですわね?」


「いまごろヴァレリアンは、先に王を称したボードゥアンへの〈やきもち〉で、配下に当たり散らしている頃でしょう」


「……かしこまりました。そのようにいたします」


「一通の親書で稀代の名将を釣り上げる。それが、帝冠の重みかと」


「……教わりましたわ」



ガストン自身も単純な男ではない。


幼き日に出会い、王太后の薄汚れた欲望から守ってくれたバスチアンには、強い恩義と友情を感じながら、故国マルク伯国への想いも抱いている。


自分を信じて付いてきてくれる、亡国の臣民に対して責任も感じている。


鋭い知略は、大河帝国でいえばクラウスやリエパ陛下にも匹敵する。


すべてを見通せるがゆえに、あらゆる想いに足を取られて、身動きが取れなくなっていた。


わたしとの会談を終えた最後に、ガストンはこう言った。



「……私には下せない決断を、コルネリア陛下に下していただきました」



暴の猛将ボードゥアン。大軍の統率に優れた軍略のヴァレリアン。


そして、知略のガストン。


バスチアンの覇業を支えた三大功臣が、いまも結束してバスチアンを支えていたなら、わたしは相当に苦戦したことだろう。


ルイーセさんから、比翼双燕紋があしらわれた、手のひらよりも小さな紙の小袋を受け取り、そのままガストンへと手渡した。



「……わたしは密偵を使い、これを大陸の全土にバラまきます」


「なかに入っているのは、種ですか?」


「そうです。……ソバ、ハツカダイコン、アマランサスなどの種が入ったミックスシードです」



どれも成育の早い救荒作物。


撒きさえすれば、数十日で食用に耐える。


農夫であればピンとくるはず。たとえ、耕作意欲を失くしていても、裏庭にでも撒いてくれさえしたら勝手に育つ。


特にアマランサスは「仙人穀」とも呼ばれ、驚異的な栄養価を持つ疑似穀物だ。


鮮やかな赤い穂をつけ、わずかな量でもタンパク質やミネラルを補給できるから、飢餓状態の民の体力を回復させる「妙薬」になる。



「……ガストン卿の〈ご同胞〉にも、これを民の手に届けるお力添えをいただけると嬉しいのですが」


「弱さを……、愛するのですね」


「……はい」


「バスチアンと私は、しがらみに幽閉された過去を憎み、弱さを憎んで地獄を広げてしまった……」



ガストンは、ちいさな袋に描かれた二羽の燕を愛おしそうにゆっくりと指で撫でた。



「……弱き民。弱さを愛するコルネリア陛下は、笑顔を広げる」


「……かくありたいと願っております」


「承知しました。最短で大陸全土の民の手に届けさせていただきます」



あの頃のわたし――。高い壁に囲まれた狭い空を見上げていたわたしを、わたしは抱き締めたい。


こんなにも、明るくて温かい日々が待っているんだよと、頭を撫でてあげたい。


バスチアンもガストンもそうできていれば、多くの血が流れることはなかったのに――。


いや、ここで止めるのだ。


と、夜空を見上げた。


エイナル様の胸の中。馬の前に乗せていただいて、大陸の荒野を駆ける。


三日後。旅装のまま、大河帝国軍が占領している領域に入った。


民が荒地に救荒作物を植えてくれている。


父と娘だろうか。なにか言葉をかけ合いながら、重たい身体を必死で奮い立たせるようにして鍬を振っていた。


かすかな笑顔が目に入る。


混乱したバスチアンの治政下で横暴をふるった悪辣な者たちは、燕翼の茶会の皆様の指揮で、すでに排除し、奪われた財貨もできる限りは民の手に返した。


さらに駆けると、荒野の中に人だかりが見えた。



「あっ! 女帝様~ぁ!」



その中心で、ピピンが大きく手を振って飛び跳ねていた。


馬を止めてもらい、ピピンに歩み寄る。


暴政から解放されたとはいえ、疲れ果てている民の心を癒そうと、影絵芝居の巡業を行っていたのだという。



「私は、女帝様に笑顔にしてもらったからねっ! みんなに()()()()()しないと、もったいないよ! うひひひっ!」


「そうね……」



得意満面のピピンの頭を撫でる。


わたしたちを囲む民の表情には、精も根も尽き果てたという疲労感と、それでも立ち上がろうという瞳の輝きがあった。


腰の曲がった老婆が、顔をしわくちゃにして、わたしの手を握った。



「……悪い皇帝を討ってくだされ」



骨と皮しかないような、しわだらけの手に痛いほどの力がこもった。


わたしは腰をかがめ、老婆と視線を合わせる。



「はい、必ずや。……大陸に、法と秩序を取り戻し、わたしたち大河の民は良き友人として、皆様とともに栄えるでしょう」



老婆の目にはいっぱいの涙がたまり、それでも精一杯の笑顔を、わたしに向けてくれた。



本日の更新は以上になります。

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