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没落兄弟  作者: クロシロ
12/12

目標を見つける前

 秘境から眺める常闇の空も、いつの間にか見慣れた風景となってしまった。

 小さく爆ぜた焚き火の音が、寝静まった洞窟に余音する。

 自分の傍らでうずくまり、深い眠りを貪るレイガをよそにレシェイヌは洞窟の入り口を見た。

 腕組みと胡座をかく男。背中を寄りかからせているライドは一見、まるで眠っているかのようだ。

 しかし微かな物音、単調な律動が乱れた呼吸。

 それらが聞こえる度、瞼を震わせていることが伺えるため、実際は半覚醒状態といったところか。

 ふざけているような折りにして、その実、抜かりのない野生人。


──隠し事がうまそうだ


 レシェイヌが抱く印象である。

 傷の手当てをしてもらっても疑心は晴れない。現状突破を目的に同行したはいいが、ライドの動きが一向に読めない。レシェイヌはそこに歯がゆさを覚えるが致し方ない。さも当然だ。全てに置いて格下のレシェイヌが、把握できる訳がないのだ。

 謎解きの欠片を集め、凹凸を繋ぎ、浮かぶ朧気な輪郭を頼りに自分で考え予測するしかない。

 そうして導き出された一手が白刃となり、眼前を切り裂く武器と成してきた。

 だからレシェイヌは考える。それを放棄した末に待ち受けるものが、心の底から恐ろしかった。




 新緑が香る翌朝。大蛇に襲われてから3日が経過していた。


「もう塞がってる」


 拠点に響く、驚きに包まれた声音。

 自分でも信じがたい程にレシェイヌの治癒力が上がっていた。


「魔力のお陰だな。お前割と純度高めだし」

「それだよ」


 ん? とルスターが小首を傾げる。探索に出掛けたライドとレイガはまだ戻らない。


「魔力とか魔術とか。いい加減俺にも教えてよ。あんたみたいに炎を出せるようになるんだろ」

「あー、こういうのはちゃんと師匠をたてた方がよくてさ。オレだってまだ教えてもらってる最中だし」

「ライドに?」

「そうそう。下手なこと言って怒られたくもないしね

。オレは一切口出し禁止になってんの」


 ふぅん。

 じと目で睨んでも何処吹く風で顔を逸らされる。


「ならいい。自分でどうにかする」

「おっまえ、本気で言っちゃってんのそれ。」

 

 笑われた。心外だ。


「ろくに仕組みも理解できてないやつが扱えるわけないだろ。そういうのが出来るのは天才の類だけさ。そもそもオレじゃなくて師匠に聞きなよ」

「腹の内が読めないから不用意なことはしたくない」

「オレはいいのか」

「すごく分かり易いよ」


 笑顔で言い切ったら落ち込まれた。

 じめじめし始めた彼を素知らぬ風に躱そうとするが、滲み広がる負の雰囲気が纏わり付いて鬱陶しい。

 面倒になったレシェイヌは洞窟を出て周辺を歩き回る。ぎこちなさはなくなったが、やはりまだ本調子とはいかない歩みにやや肩を落とす。

 だが身体能力が下降気味にある一方で、感覚が冴えてきていることは嬉しい収穫である。

 思う様に動けない体を危険から守ろうとしているのか、妙に鋭くなってきたのだ。うなじに走るざわめきが命の息吹を伝えてくる。

 第六感におとがいを掴まれ、ぐるりと勝手に動かされているかのような気さえしてくるほど、自然にレシェイヌは彼方を向いていた。

 そしてそこに、いくつかの人影を認める。

 細まる呼吸。狩りを憶えたての肉食獣のように、茂みに身を紛らせレシェイヌが忍び寄る。

 鼓膜を震わせる声は低い。視認した姿からも全員男性であることが分かった。

 年齢は青年からと幅広いが、皆一様に白い外套を羽織っていることから、真っ先に組織的なものが疑われた。

 会話の内容までは聞き取れないが、暫くすると彼等は静かに立ち去り始める。

 それを見送った後、レシェイヌもまた洞窟へと戻った。


「お。散歩はもう終わったのか」


 機嫌の直ったルスターが出迎えても、レシェイヌは唸る表情そのままに素通りする。これを不思議に思ったルスターが声を投げるが 、返ってくるのは洞窟に反響した彼のそれのみで、考え事に没頭するレシェイヌには届かない。

 こうなってしまえばお手上げ状態だと、短い間でも思い知っているルスターは、早々に放棄するという決断を下したようだ。

 レシェイヌとしても、考え事をしている時に何かと話しかけられるのは遠慮したい。肩をトントンとしつこく叩かれようものなら、濁音をつけた威嚇の声を発砲してしまうかもしれない。

 相手がレイガなら許せるのだが、レゼンだった場合はあまり想像したくない。反応するまえにガチンと固まってかっこ悪く怯えてしまうのが目に見えている。

 別に嫌いな訳ではない。尊敬だってしているし凄い人だと思う。微妙な苦手意識が邪魔をしなければそれなりに仲良くできるはずだ。

 もしかしたら、レゼンを間に挟んで兄弟仲良く手を繋ぐのだって、ほら。いいじゃないか。試しにあの無表情が微笑む様を想像してみろ。


── 不気味でしかない


 背後に殺気が添えられそうだ。

 随分思考が脱線したところで一旦区切る。

 それを見計らったようにルスターが話しかけてきたので、今度こそ応答する。


「なんかあったの? 難しい顔しちゃって」


 眉間を指差され、自分でも触ってみるがこれといって普通だった。


「気になることがあっただけ。後で言う」

 

 まだ確証を掴んだ訳ではないし、分からないことの方が多い。なんとなく、まずはライドに告げるべきと判断したレシェイヌだが、案外それは間違っていなかったかもしれないと、レイガと共に戻ってきたライドを見上げて思った。

 朝食である木の実の残骸に視線を落としていたライド。しかしそれもほんの数秒のことだった。


「なるほど」


 頷き、何かを納得する彼を前に、格の違いを見せ付けられたような気持ちになる。

 当然だと分かっているのに、自分の未熟さが目の前にコロリと転がってくるのは、嫌いな食べ物を前にするよりずっと苦汁で苛立たしい。

 レイガほどではないが、存外レシェイヌも自尊心が高い方であるようだ。


「変死体と関係あるんじゃないかと思ったんだけど、俺には分かんなくて」


 足の怪我を機に、レシェイヌは砕けた口調でライドと接するようになっていた。

 子供は子供らしくと五月蠅いルスターがもたらした結果である。


「なら一緒に行くか」


 は、と声を上げる間もなく、ライドに首根っこを掴まれた。

 にいさん、と焦ったレイガが近寄ってきたが、ライドはそれを一掃。レシェイヌを右に抱え颯爽と茂みの中を歩いて行く。


「俺歩けるよ」

「いいから案内しろ」


 横暴だ。同時に、こちらを気遣ってくれている。

 それを察したレシェイヌは文句を吐くことなく、淡々と道なき道の指針となった。そんな彼にライドがちらりと視線をやる。


「何、どうかしたの」

「いや。よく覚えてるな」


 見渡す限り永遠と木々が並ぶここは、どこもかしこも大して景色が変わらないが、全て同じという訳でもない。

 例えば。


「枝の生え方」

「ほぉ」


 大木より伸びる枝は個性豊かに成長し、各々の形を作り上げていく。

 それを目印にしているのだとレシェイヌは言う。


「ライドだってそれくらい出来るでしょ。別に凄くもなんともないよ」

「お前な、もっと自慢しろよ。じゃなきゃ、自信を持つことだって出来ねえぞ」

「どういう意味?」

「致命傷になる」


 やけに響いて聞こえたそれは、レシェイヌの腹底に重くのしかかった。


「着いたよ。ここで奴らを見た」


 誤魔化しを匂わせた話題の逸らせ方であったが、ライドは追求することなくレシェイヌに合わせてきた。


「向こうも来たぞ」

「え」


 しかし彼が紡ぐのは実に突拍子のないもので。

 目を丸くさせライドの顔を仰ぐレシェイヌ。

 ほんの少し、注意が余所に漂っているうちに、正面の木陰から白衣の男が現れた。

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