貴族と商人と…
リュカが帝国の将来を考えるとき、真っ先に思い浮かべるのは壮麗な宮殿でも、強大な軍隊でもなかった。それは、文字を読めない民衆の姿であった。
幼い頃、奴隷として各地を転々としていた彼は、一枚の契約書によって人生を奪われる人々を何度も見てきた。読み書きのできない農民は、不利な借用証に指印を押さされ、土地を失った。商人の言葉を信じるしかない職人は、正当な代価を受け取れず、搾取され続けた。兵士として徴発された若者も、自分が何に署名したのか理解しないまま家族と引き離されることがあった。
人は剣で脅されるだけでは奴隷にならない。無知によっても奴隷になる。
その光景を胸に刻み続けてきたリュカにとって、教育とは単なる学問の普及ではない。それは民を搾取から守り、自らの人生を選び取るための「最初の武器」であった。
宰相となった彼が数々の改革案を検討する中でも、初等教育の整備は最優先事項に据えられた。貴族や官僚を育成する高等教育も重要ではある。しかし、それは読み書きのできる者だけが恩恵を受ける制度でしかない。まずは帝国中の子どもたちが文字を読み、数字を数え、自分の名前を書けるようになること。それこそが国家百年の礎になると、彼は確信していた。
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だが、その理想はすぐに現実の壁へ突き当たる。
教育制度を全国へ広げるには、校舎の建設費、教師への給与、教材の整備など莫大な費用が必要だった。リュカは帝国議会で幾度となく初等教育予算の必要性を訴えたが、貴族たちの反応は冷淡だった。
「農民に文字を教えて何になる。」
「畑を耕す者に学問は不要だ。」
「余計な知恵をつければ、かえって反抗的になる。」
そんな声が議場のあちこちから上がる。彼らにとって教育とは、自らの子弟が受ける特権であり、庶民に与える利益ではなかったのである。
貴族たちが熱心に予算を求めるのは軍備や宮殿の改築、自領の治水工事ばかりだった。民衆への教育投資は、目先の利益を生まない「無駄遣い」と見なされていた。
予算案は修正を重ねても可決の見通しが立たず、国家財政だけで学校制度を築く構想は暗礁に乗り上げる。
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そこでリュカは別の道を探り始めた。
帝国の財政を担う西国の有力商人や金融官僚を訪ね、新たな税制改革によって教育財源を確保する案を持ちかけたのである。
「未来への投資だ。十年、二十年先には必ず帝国全体の利益になる。」
そう説得したものの、西国の返答は冷ややかだった。
「利益が出るのは遠い未来です。」
「教育より港湾や街道整備の方が交易は伸びます。」
「今、新税を導入すれば商人の反発は避けられません。」
彼らは教育の重要性そのものを否定したわけではない。しかし、利益を重視する西国にとって、投資回収まで何十年もかかる初等教育は優先順位が低かった。
この交渉もまた失敗に終わる。
その夜、リュカは夜鍋で書類と向き合っていた。
リュカが一人、机に突っ伏している。
「寝てください。」
「いや、まだ終われないよ。」
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何日も執務室で資料を読み返しながら、リュカは考え続けた。
「国が金を出せないなら、国以外に学校を支えられる組織はないのか。」
執務室の机には失敗した予算案が散乱している。ふと、リュカが窓の外を見ると、鐘が鳴っている。子供達が寺院へ集まっていく。
「……待てよ。学校はない。でも寺院はある。教師はいない。でも僧侶ならいる。」
そのとき彼の目に留まったのが、帝国全土に張り巡らされたルサーク教の寺院網であった。
「寺院を使うんですか?」と、ヘレナが問う。
「そうだよ。そうじゃないとこの話は進まないよ。」
「宗教が強くなり過ぎない?これ、ルサーク教が帝国中の子供を囲い込むことになるんじゃない?」と、リルが懸念を示す
「でも学校は必要です。」と、マリー。
リュカも、「文字を書けないまま一生を終える子供がいることも同じくらい危険なことだよ。」と、リルとヘレナを説得する。




