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リュカと初等教育  作者: 近衛翡翠


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3/5

意外な可決と予算の否決

その頃、反対派の貴族たちは、帝国屈指の大貴族・デッシュ公爵の屋敷を訪れていた。


「公爵閣下。」


「リュカ宰相の教育案ですが……。」


デッシュは書類から目を離さず答える。


「聞こう。」


「初等教育は金食い虫です。」


「平民に文字を教えても国庫を圧迫するだけ。」


「ぜひ閣下からも反対のお言葉を——。」


そこで初めて、デッシュは顔を上げた。


「君たちは、地方へ行ったことがあるか?」


突然の問いに、一同は顔を見合わせる。


「……ありますが。」


「医師不足は?」


「それは……。」


「役人不足は?」


誰も答えられない。


デッシュは静かに言った。


「違う。」


「戦争に勝つ国は、兵士が多い国ではない。」


「学者が多い国だ。」


部屋が静まり返る。


「法律家が足りぬ。」


「医師が足りぬ。」


「技術士官が足りぬ。」


「大学は一つしかない。」


「これで帝国が強くなると思うか。」


誰も口を開かなかった。


***************************


翌日の議会。


反対派は勝利を確信していた。


「デッシュ公も、さすがに初等教育には反対でしょう。」


そんな囁きが議場を巡る。


議長が尋ねる。


「デッシュ公爵、ご意見は。」


ゆっくりと立ち上がった老公爵は、議場を見渡した。


「私は、本案に賛成する。」


一瞬、議場の空気が止まる。


「……何?」


「賛成だと?」


ざわめきが広がった。


デッシュは続ける。


「高等学校も、大学も必要だ。」

「しかし、それだけでは足りない。」

「学ぶ子どもがいなければ、大学は空になる。」

「初等教育は、高等教育の土台だ。」


彼は貴族席を見回した。


「諸君らは、自らの子弟を大学へ入れたいだろう。」

「ならば、その大学を支える教師も、官僚も、医師も必要になる。」

「人材は、畑からは生えぬ。」

「教育からしか生まれない。」


沈黙。


そして一人の子爵が、静かに立ち上がる。


「……賛成。」


続いて、


「賛成。」


「私も賛成。」


少しずつ、議場の空気が変わり始めた。


リュカは息をのんだ。


(流れが……変わった。)


議長が木槌を鳴らす。


「採決を行う。」


緊張が議場を包む。

「賛成、多数。」

「よって、本案は修正案のうえ可決する。」

木槌の音が高らかに響いた。


***************************


リュカは思わず目を閉じ、小さく息を吐く。

その横でヘレナが微笑んだ。

「おめでとうございます、宰相。」

リュカは首を横に振る。

「いや。」

「学校を建てて、子どもたちが学べるようになって……。」

「その時が、本当の始まりだ。」


リュカの不安は的中した。たしかに、初等教育の整備は法案が可決された。しかし、運営に必要な「毎年の予算」は別議決であり、否決されてしまったのである。

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