意外な可決と予算の否決
その頃、反対派の貴族たちは、帝国屈指の大貴族・デッシュ公爵の屋敷を訪れていた。
「公爵閣下。」
「リュカ宰相の教育案ですが……。」
デッシュは書類から目を離さず答える。
「聞こう。」
「初等教育は金食い虫です。」
「平民に文字を教えても国庫を圧迫するだけ。」
「ぜひ閣下からも反対のお言葉を——。」
そこで初めて、デッシュは顔を上げた。
「君たちは、地方へ行ったことがあるか?」
突然の問いに、一同は顔を見合わせる。
「……ありますが。」
「医師不足は?」
「それは……。」
「役人不足は?」
誰も答えられない。
デッシュは静かに言った。
「違う。」
「戦争に勝つ国は、兵士が多い国ではない。」
「学者が多い国だ。」
部屋が静まり返る。
「法律家が足りぬ。」
「医師が足りぬ。」
「技術士官が足りぬ。」
「大学は一つしかない。」
「これで帝国が強くなると思うか。」
誰も口を開かなかった。
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翌日の議会。
反対派は勝利を確信していた。
「デッシュ公も、さすがに初等教育には反対でしょう。」
そんな囁きが議場を巡る。
議長が尋ねる。
「デッシュ公爵、ご意見は。」
ゆっくりと立ち上がった老公爵は、議場を見渡した。
「私は、本案に賛成する。」
一瞬、議場の空気が止まる。
「……何?」
「賛成だと?」
ざわめきが広がった。
デッシュは続ける。
「高等学校も、大学も必要だ。」
「しかし、それだけでは足りない。」
「学ぶ子どもがいなければ、大学は空になる。」
「初等教育は、高等教育の土台だ。」
彼は貴族席を見回した。
「諸君らは、自らの子弟を大学へ入れたいだろう。」
「ならば、その大学を支える教師も、官僚も、医師も必要になる。」
「人材は、畑からは生えぬ。」
「教育からしか生まれない。」
沈黙。
そして一人の子爵が、静かに立ち上がる。
「……賛成。」
続いて、
「賛成。」
「私も賛成。」
少しずつ、議場の空気が変わり始めた。
リュカは息をのんだ。
(流れが……変わった。)
議長が木槌を鳴らす。
「採決を行う。」
緊張が議場を包む。
「賛成、多数。」
「よって、本案は修正案のうえ可決する。」
木槌の音が高らかに響いた。
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リュカは思わず目を閉じ、小さく息を吐く。
その横でヘレナが微笑んだ。
「おめでとうございます、宰相。」
リュカは首を横に振る。
「いや。」
「学校を建てて、子どもたちが学べるようになって……。」
「その時が、本当の始まりだ。」
リュカの不安は的中した。たしかに、初等教育の整備は法案が可決された。しかし、運営に必要な「毎年の予算」は別議決であり、否決されてしまったのである。




