第7話:外の世界からの『救出隊』? 勇者一行、地獄の玄関で門前払い
地上の世界、聖ソラリス王国。
そこでは今、未曾有の事態に騎士団が騒然としていた。
「聞いたか? あの『終焉の垂直都市』に、生後間もない赤子が投げ込まれたという報告があった」
「何だと!? あそこは一度入れば二度と出られぬ、絶望の吹き溜まりだぞ!」
「聖なる神託があった。その子は、人類の希望となる『パンドラの箱の乙女』であると……。今すぐ救出隊を編成せよ!」
――そんな大袈裟な号令のもと、選りすぐりの「勇者一行」がダンジョンの入り口へと到着していた。
「安心しろ、名もなき赤子よ。この光の勇者アリスターが、今すぐ救い出してやる!」
白銀の鎧を纏った美青年アリスターは、聖剣を高く掲げ、ダンジョンの入り口――第ゼロ階層の門を蹴破った。背後には聖女、魔術師、重戦士という王道のパーティが続く。
だが、彼らを待ち受けていたのは、禍々しい魔陣でも死霊の群れでもなかった。
「……あ、すいません。今、パンドラが昼寝に入ったばかりなので、静かにしてもらえますか?」
入り口の受付カウンター(新設)で、一人の男が事務的に指を口に当てていた。
私――管理官である。
「……は?」
アリスターは、掲げた聖剣を下ろすこともできず固まった。
「き、貴様は何だ! 魔王の配下か!? それとも魂を売った亡者か!」
「いえ、ここの管理人です。あ、そこの聖女様、そんなところに結界を張らないでください。パンドラが光の刺激で起きちゃうので」
私はタブレットを操作し、入り口の照明を「おやすみモード」に落とす。
勇者たちは呆然としていたが、やがて聖女が震える声で言った。
「管理人さん……。私たちは、ここに捨てられた赤子を助けに来たのです! その子は魔王の生贄にされるのでしょう!? 早く返してください!」
「生贄? いえ、今は第1階層の上皇様のところで『情操教育』を受けている最中……あ、ちょうど終わったみたいですね。今、連れてきます」
私が指を鳴らすと、背後の闇から巨大な天狗の羽根が羽ばたく音がした。
現れたのは、第1階層主・崇徳上皇。
その腕には、特注の柔らかいおくるみに包まれたパンドラが、スヤスヤと寝息を立てて抱かれていた。
「管理人よ、この羽虫どもが騒がしいのだが……。我がパンドラの安眠を妨げる者は、千年の呪いを与えてもよいか?」
「上皇様、落ち着いてください。彼らも一応、お客様(ポイント供給源)ですから」
勇者アリスターの顔が、驚愕と恐怖で引きつる。
「と、崇徳上皇!? 日本神話最強の怨霊の一柱が……赤ん坊をあやしているだと……!?」
聖女にいたっては、ショックのあまり持っていた杖を落とした。
彼女たちの目には、最強の怨霊が、慈愛に満ちた(しかし殺気は漏れている)おじいちゃんのような顔で赤ん坊を抱いているという、あまりに狂った光景が映っていた。
「さあ、勇者の皆さん。パンドラは見ての通り安全です。むしろ、あなた方が入ってくる時の衝撃音で彼女が泣きかけました。迷惑料として絶望ポイントを5千ほど置いていってください」
「ふ、ふざけるな! 騙されないぞ! その子は洗脳されているんだ! 聖なる光よ、邪悪を退けろ!」
勇者が半ばパニック状態で聖剣を振りかざした。
聖なる一撃が放たれようとした、その瞬間。
「…………ん、うぅ?」
おくるみの中で、パンドラが目を覚ました。
眩しい「聖なる光」に、彼女は不快そうに顔をしかめる。
「ふ、ふえぇぇぇん!!」
爆音。
宇宙をも揺るがす赤ん坊の泣き声が、狭い入り口に反響した。
同時に、ダンジョン全体が「激怒」した。
第5階層からフェンリルの咆哮が響き、第4階層からクトゥルフの怒れる思念が津波のように押し寄せ、第6階層からルシファーの冷酷な圧力が降り注ぐ。
『我が愛娘を……泣かせたのは……どこのどいつだぁぁぁ!!!』
「あ、終わりましたね」
私は耳を塞ぎながら呟いた。
「ひ、ひぃぃぃっ! 何だ、この世の終わりか!?」
「助けて! 神様! 怖い、怖すぎる……!」
勇者たちは、戦うどころか膝から崩れ落ちた。
彼らが今まで戦ってきた「魔王」とは次元が違う。この垂直都市の住人すべてが、一人の赤ん坊のために「本気」を出したのだ。そのプレッシャーは、一般人の精神を容易に粉砕する。
【ログ:勇者一行、絶望につきセーブ完了。】
【現在ポイント:+50,000P(ボーナス確定)】
「……というわけで、皆さん。本日の攻略は終了です。セーブポイントから外へ出てくださいね。あ、もしまた来るなら、次は『泣かないおもちゃ』を持参することをお勧めします」
私は腰を抜かした勇者たちを、転移魔法でダンジョンの外へと放り出した。
「よしよし、パンドラ。怖かったね。あいつらはもう行ったから大丈夫だよ」
上皇様からパンドラを受け取ると、彼女は私の胸に顔を埋め、すぐにまた寝息を立て始めた。
ダンジョンは再び静寂に包まれる。
だが、今の騒ぎでわかったことがある。
彼女が泣けば、この世界の「最強」たちが、文字通り世界を滅ぼしかねないということだ。
「管理人よ……」
影からルシファー様が、殺気立った顔で現れた。
「あのような下等な連中を、二度と敷居を跨がせるな。パンドラの純粋な精神に、安っぽい『正義』が伝染したらどうする」
「善処します、ルシファー様。とりあえず、入り口の看板を『猛犬注意』から『赤ん坊就寝中・私語厳禁』に書き換えておきますね」
こうして、史上初の「勇者による救出作戦」は、一歩も中に入ることなく、赤ん坊の泣き声だけで完封された。
だが、この一件は地上の国々に「あのダンジョンには人類の常識が通用しない管理者がいる」という恐怖を植え付けることになったのである。
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