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【絶望セーブ】深淵ダンジョンの管理人、捨て子のパパになる 〜最強魔王たちと育てる、パンドラの箱の最後の希望〜  作者: beens
第1章:乳幼児編

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第6話:第7階層は通行禁止? アザトース様の寝返りと、初めてのハイハイ

 第7階層、最下層。

 そこには床も壁も存在しない。あるのはただ、因果関係が崩壊した「混沌の渦」と、その中心で永遠の眠りにつく『盲目なる混沌の核』アザトースの巨大な質量だけだ。

 

 本来、ここへ立ち入ることは、管理人の私であっても極力避けるべき事案だ。万が一、アザトース様が目を覚ませば、この宇宙という「夢」は霧散し、全データが物理的にデリートされるからである。

 しかし、今日に限っては、この禁忌の領域に足を踏み入れざるを得なかった。

「……パンドラ! ダメだよ、そっちは『無』の領域だ!」

 私は焦っていた。

 つい先日、第1階層の崇徳上皇様に「呪いの英才教育(という名の遊び)」を受けていたパンドラが、ついに覚醒してしまったのだ。

 そう、「ハイハイ」である。

「だっ! だっだー!」

 パンドラのハイハイは、常人のそれとはわけが違った。

 ルシファー様の離乳食で栄養を蓄え、フェンリル様の毛並みで体幹を鍛えられた彼女の移動速度は、音速に近い。

 彼女が楽しそうに四肢を動かすたびに、第6階層の宮殿の床がバキバキと砕け、彼女はそのまま次元の裂け目を通り抜け、最下層へとダイブしてしまったのである。

「……管理人。お前の管理能力はどうなっている。我が宮殿に穴が空いたぞ」

「ルシファー様、文句は後です! パンドラを止めないと!」

 私と、なぜか「心配でついてきた」ルシファーとサタンは、漆黒の虚無が広がる第7階層へと飛び込んだ。

 そこでは、信じられない光景が広がっていた。

 

 宇宙の創造主、アザトース。

 その不定形の、巨大すぎる「神の肉体」の上を、小さなパンドラが「ペチペチ」と音を立ててハイハイしていたのだ。

「あー、うー! ぶー!」

 パンドラは、アザトース様の「本体」を、巨大なトランポリンか何かだと思っているらしい。

 彼女がその小さな膝をアザトースの表皮のようなものに突き立てるたびに、周囲の時空が『ピキッ』と鳴り、銀河の幻影が砕け散る。

「ま、まずい……! アザトース様が寝返りを打とうとしている!」

 サタンが青ざめた。

 アザトースの周囲で不気味なフルートを奏でていた従者たちが、パンドラの侵入にパニックを起こし、演奏のテンポを崩している。

 リズムが乱れれば、神は目覚める。

『グ、グ、ギ……』

 アザトースの巨体が、ゆっくりと、しかし確実な破壊の振動を伴って揺れた。

 全次元が、地震のように激しく揺さぶられる。第1階層から第6階層までの住人たちが、同時に「終わりの予感」に震え上がった。

「パンドラ! パパの方においで! ほら、ボーロだよ! 高純度エネルギー結晶のボーロだよ!」

 私が叫ぶが、彼女は楽しそうにアザトースの表面をペチペチ叩き続けている。

 神の瞼が、ゆっくりと開きかけた。

 その隙間から溢れ出す光だけで、ルシファーの翼が焦げ始める。

「くっ、ここまでか……! 管理人、パンドラを連れて逃げろ! 私が時間を……」

 ルシファーが決死の覚悟で前に出ようとした、その時。

 パンドラが、アザトース様の「眼」になるはずだった部分を、ぐいっと両手で押し込んだ。

「ねんねー! めっ、ねんねー!」

 それは、毎晩私が彼女に言っている言葉だった。

 パンドラの小さな手から、無自覚な「言霊」と、フェンリルやクトゥルフたちから分け与えられた「魔王の加護」が溢れ出す。

 不思議なことが起きた。

 開きかけていたアザトースの瞼が、パンドラに押し戻されるようにして、再びピタリと閉じたのだ。

 

 従者たちのフルートの音が、パンドラの声に合わせて「ゆりかごの歌」のリズムへと変化していく。

 アザトース様は……再び、深い、深い眠りへと落ちていった。

「…………助かった、のか?」

 サタンが冷や汗を拭う。

 パンドラは、満足そうにアザトースの体の上で座り込み、こちらを向いて「にぱーっ!」と笑った。

「だだー! ねんね、した!」

「……ええ、そうですね。パンドラ、君は今、全宇宙を二度寝させたんだよ」

 私は力なく笑い、彼女を抱き上げた。

 最強の神さえも「寝かしつけ」の対象にしてしまう彼女のポテンシャルに、私は恐怖を通り越して、ある種の尊敬すら抱き始めていた。

 私はタブレットの最終ログを更新する。

【ログ:第7階層主・アザトースが『パンドラの寝かしつけ練習台』になりました】

【パンドラのステータスに変化:スキル『宇宙を黙らせる(ハイハイ)』を習得しました】

【管理者コメント:アザトース様が次に目を覚ますときは、彼女の反抗期かもしれません。その時は本当の終末ラグナロクを覚悟します】

「ルシファー様、サタン様。帰りましょう。彼女のハイハイを防止するために、全階層に特注の『ベビーゲート』を設置するポイントを稼がなきゃなりません」

「……ああ。もう好きにしろ。私の魔力も、ゲートの補強に貸してやる」

 ルシファーは疲れ切った様子で、しかしどこか誇らしげにパンドラを見つめていた。

 こうして、垂直都市ダンジョンは今日も存続した。

 一人の赤ん坊の、小さな「ハイハイ」によって救われた宇宙。

 だが、この騒動は、ついにダンジョンの「外」の世界をも動かし始めていた。

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