第60話:文化祭の夜と、忍び寄る天界の影……。パンドラの『箱』を巡る最終決戦の予感
文化祭の最後を飾る後夜祭。学園の中庭では巨大なキャンプファイヤーが焚かれ、生徒たちが手を取り合って踊るフォークダンスの輪が広がっていた。
私は、離れた時計塔のバルコニーから、その光景を静かに見守っていた。隣には、舞台衣装のままのルシファー様と、上皇様が並んでいる。
「……終わりますね。パンドラにとって、一生の思い出になる一日が」
「ふん。あの王子役の小僧と踊っているのが気に食わんが……まあ、今日のパンドラは最高に輝いていた。それを免じて、今夜だけは見逃してやろう」
ルシファー様が、珍しく穏やかな表情でワインを口にする。だが、その平穏は唐突に、そして不遜な光と共に引き裂かれた。
夜空が、まるで見開かれた「目」のように割れたのだ。
そこから溢れ出したのは、祝祭の灯火を塗り潰すほどに不浄で、傲慢な黄金の輝き。
「――見つけたぞ。深淵の汚泥に塗れた『厄災の器』よ」
空から降臨したのは、白銀の甲冑に身を包んだ、天界の過激派組織『神罰代行者』の長、熾天使メタリアス。背後には数百の武装天使が控え、学園全体を包囲するように魔法陣を展開し始めていた。
地上では、楽しんでいた生徒たちが悲鳴を上げ、パンドラを庇うようにテオが前に出る。だが、熾天使の放つ圧倒的な威圧感に、少年は膝をつきそうになっていた。
「パパ! おじちゃんたち!」
パンドラが空を仰ぎ、叫ぶ。
その瞬間、時計塔の上にいた三人の男たちの空気が、絶対零度よりも冷たく、深淵よりも深く沈み込んだ。
「……管理人。今の状況を簡潔に説明しろ」
ルシファー様の声から、一切の感情が消えた。それは彼が「育児」を始める前、神に叛旗を翻した当時の『魔王』のトーンだった。
「はい。……彼らはパンドラの文化祭の思い出を台無しにし、さらに彼女を恐怖させ、あろうことか後夜祭の『最高のクライマックス』に泥を塗りました」
「ほっほっほ……。わしがせっかく用意した特注の花火を上げる直前に、割り込んでくるとはのう。……これは、救いようのない『重罪』じゃな」
私は管理端末を起動し、学園の防衛システムを「完全排除モード」へ切り替えた。
「『器』を返せ。さもなくば、この学園ごと焼き払……ッ!?」
メタリアスが宣告を終える前に、彼の視界から「空」が消えた。
気づけば、彼の眼前にルシファー様が浮遊していた。翼を広げることすらせず、ただそこに存在するだけで、熾天使の黄金の輝きを漆黒で侵食していく。
「貴様……天界を追放された敗北者か。汚らわしい手で聖なる……」
「――黙れ。パンドラの歌声の余韻が、お前の下卑た声で汚れる」
ルシファー様が指をパチンと鳴らす。
それだけで、メタリアスの背後にいた数百の天使たちが、一瞬にして自らの翼に絡め取られ、地上の影へと引きずり込まれた。ルルの影が巨大な口を開け、彼らを「一口」で飲み込んでいく。
「な、なんだと!? 我ら神罰代行者の守護結界を、一瞬で!?」
「守護結界? ……ああ、これのことか?」
私が時計塔から杖を振る。
管理権限を発動させ、天界の軍勢が展開していた魔法陣を、そのまま『垂直都市・第3階層:肥料加工場』への転送門へと書き換えた。
「悪いね、メタリアス君。君たちの魔力、今期の農作物の成長にちょうどいいんだ。……さあ、パンドラを怖がらせた代償を払ってもらおうか」
だが、トドメを刺したのは魔王たちではなかった。
地上でテオを支えていたパンドラが、一歩前へ出た。彼女の胸元の「箱」が、かつてないほど激しく、虹色の光を放つ。
「……あなたたち、私のパパと、おじちゃんたちを『汚らわしい』って言ったね」
パンドラの声が、学園全体に響き渡る。それは慈愛に満ちた聖女の声ではなく、世界の理を司る『パンドラの箱』の所有者としての宣言。
「せっかくみんなで作ったお祭りを、こんな風に壊す人は……私が許さない!」
虹色の光が天に昇り、メタリアスの白銀の甲冑を、一瞬で「ただの粘土」へと変質させた。権能の格が違いすぎた。
武装を失い、空中で無様にジタバタする熾天使を、テュポーン様が崖下から伸ばした触手で捕らえ、そのまま海中へと引きずり込んでいった。
天界の侵略は、わずか三分で終了した。
空の割れ目は修復され、代わりに上皇様が合図を送る。
ヒュゥゥゥゥ……、ドンッ!!
夜空に大輪の花火が咲き誇る。
生徒たちは、今のが「演出の一部」だと思い込み、再び大きな歓声を上げた。
「……パパ! おじちゃんたち! 大丈夫だった?」
駆け寄ってくるパンドラ。その笑顔は、いつもの無邪気なものに戻っていた。
「ああ、もちろんだよ。……さあ、祭りの終わりだ。パンドラ、最後の一曲を踊っておいで。……パパたちは、ここで見ているからね」
私は、テオの元へ戻っていくパンドラの背中を見送りながら、深いため息をついた。
【戦報:学園後夜祭・防衛戦】
勝者:終焉の垂直都市(パパ同盟)
戦果:熾天使メタリアス以下、天界過激派を完全捕獲。全員、第3階層にて「一生分のタマネギの皮剥き」に従事。
管理人のメモ:パンドラが怒ると魔王より怖いことが判明。教育方針の再考が必要か?
しかし、天界の動きはこれで終わりではなかった。
メタリアスの襲撃は、より巨大な「神の計画」の端緒に過ぎないことを、私はまだ知らなかった。
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