第58話:パパ、内緒だよ? パンドラの初恋と、魔王たちの総力戦(ストーキング)
聖アウレオール魔法学園の放課後。
普段なら「今日の残業は何時間かな」と虚無の目で端末を叩いている時間だが、今の私は、学園指定の制服(教師用)に身を包み、不自然なほど大きな新聞紙を広げてベンチに座っていた。
「……ターゲット、移動開始。図書館を出て、学園裏の『星見の丘』へ向かっています」
私が小声で無線(魔導通信)を入れると、即座に返信が来た。
『了解した。……こちら「ルシファー」。現在、丘の中腹にある木に擬態して待機中だ。……管理人、これほど屈辱的な任務は天界との最終決戦以来だぞ』
『ほっほっほ。こちら「上皇」。わしは丘の上のベンチの下の『影』に潜んでおる。……あの小僧、もしパンドラの手を握ろうものなら、その瞬間に重力100倍の呪いをかけてくれるわ』
通信の向こうで、魔王たちがかつてないほどの集中力で「隠密」を楽しんで……もとい、遂行していた。
丘の上に現れたのは、楽しそうに歩くパンドラと、緊張でガチガチになっている少年テオだ。
パンドラは、学園の購買で買った「限定メロンパン」を二つ手に持っていた。
「テオ君、これ、半分こしよ? 12階層の『竜の卵パン』には負けるけど、ここのも美味しいんだよ」
「あ、ありがとうパンドラさん。……なんだか、さっきから視線を感じるような……あの木、あんなに真っ黒だったかな?」
テオが、ルシファー様が化けている「漆黒の巨木」を指さした。
ルシファー様、擬態の魔力が強すぎて、周囲の草花が威圧感で枯れ始めています。
「気のせいだよ! それよりテオ君、さっきの魔法理論の続きなんだけど……」
パンドラが笑顔でテオに顔を近づける。
その瞬間、丘全体の気温がマイナス40度まで急降下した。
「……管理人、許可を。あの男の首を『物理的』に論理削除してよいか?」
無線の向こうで、機神クロノス(清掃主任)が、レーザーサイトをテオの眉間に合わせる音が聞こえた。
「ダメに決まってるでしょう! 全員、殺気を消してください! パンドラにバレたら、今度こそこのダンジョン(わが家)から追放されますよ!」
なんとか魔王たちを宥め、私は茂みに潜んで二人の会話に耳を澄ませた。
そこには、魔王や管理人という肩書きを忘れさせる、純粋な「少女」の姿があった。
「ねえ、テオ君。私、実はお家の人たちには内緒にしてることがあるんだ」
パンドラの言葉に、通信機越しの魔王たちが一斉に息を呑んだ。
……内緒? パパに隠し事? ルシファーおじちゃんにも言えないこと?
無線の向こうで上皇様が「まさか、駆け落ちの相談か!?」と血を吐くような声を上げている。
「私のお家の人たちね、みんなすっごく過保護で、ちょっと変わってるの。パパはいつもお仕事で大変そうだし、おじちゃんたちはすぐ派手な魔法を使いたがるし……。だから、こうやって普通にテオ君とお話ししてる時が、一番『普通の女の子』になれる気がするんだ」
パンドラは、夕日に目を細めて笑った。
「だから、テオ君と仲良しなのは、パパたちにはまだ『内緒』。……あんまり心配させたくないんだもん」
その言葉を聞いた瞬間、無線の向こうの喧騒が、嘘のように静まり返った。
……パパに心配をかけたくない。
彼女が成長し、自分の世界を持ち始めたこと。それは、私たちが彼女を「厄災」から「一人の人間」へと育て上げた、何よりの証拠だった。
『……管理人。……任務終了だ。……帰るぞ』
ルシファー様の声が、どこか寂しげで、それでいて少し誇らしげに響いた。
『……パパ。……ルル、お腹空いた。……今日の夜ご飯、何?』
影の中から戻ってきたルルが、私のズボンの裾を引く。
「……ああ、帰ろうか。パンドラが帰ってくる前に、最高のご飯を用意しておかないとね」
私は、丘の上でテオと笑い合う娘の後ろ姿を、もう一度だけ見てから背を向けた。
彼女の「小さな秘密」を守ってあげること。それが、今の私にできる一番高度な「管理業務」なのだ。
その夜、垂直都市の夕食。
「パパ! ただいま! 今日も学校楽しかったよ!」
「おかえり、パンドラ。今日は何か面白いことはあったかい?」
「ううん、別に! ずっと図書館でお勉強してただけだよ!」
パンドラの完璧な(?)嘘に、食卓を囲む魔王たちは全員で「そうか、勉強か!」と不自然なほど明るく声を合わせた。
管理人のステータス画面には、一通の新しいログが刻まれていた。
【通知:パンドラの「秘密」を共有しました】
【現在の状況:家族全員が知っているが、全員で知らないふりをしている】
【結論:この地獄は、今日も平和です】
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