第50話:平和な朝と、招かれざる客!? 異世界の勇者が『娘を嫁に』とやってきた!
聖アウレオール魔法学園の朝は、本来ならば小鳥のさえずりと、生徒たちが唱える初級魔法の呪文の音で始まるはずだった。
私は管理人の特権で貸し出されている学園の一室で、淹れたてのコーヒーを片手に『管理端末』の最終チェックを行っていた。
「……よし、第1から第7階層、そして地上学園の魔力供給は安定。天界から持ち帰った備品の配置も完了だ。これでやっと、溜まっていた有給休暇を消化できるぞ……」
私が安堵の溜息をついた、その時だった。
ドォォォォォォンッ!!!
学園の強固な正門が、物理的な衝撃で悲鳴を上げた。
あまりの振動にコーヒーをこぼしそうになりながら、私は慌てて端末の監視画面をスワイプする。
「な、なんだ!? 敵襲か? 天界の生き残りが報復に……」
しかし、画面に映し出されたのは、天使の軍勢でもなければ禍々しい魔物でもなかった。
そこには、眩いばかりの白銀の鎧に身を包み、背中に黄金の聖剣を背負った、いかにも「異世界の勇者」という看板をぶら下げたような金髪の青年が立っていた。
「――深淵に囚われし美しき王女よ! 案ずるな、この僕……『光の勇者アリス』が、今こそ君を地獄の魔手から救い出し、我が妻として迎えに来たぞ!!」
静まり返る学園の校庭に、青年の爽やかな、しかし致命的に空気を読まない叫びが響き渡った。
一瞬の静寂。
そして次の瞬間、私の背後の空間が、ガラスが割れるような音を立てて崩壊した。
「……管理人、今、あの羽虫は何と言った?」
漆黒の翼からどす黒い殺気を放ちながら、ルシファーが実体化した。その手には、既に天界の神々を震え上がらせたあの漆黒のギターが握られ、弦の一本一本が不快な唸りを上げている。
「ほっほっほ……。パンドラを『妻』にする、か。……最近の若者は、自らの命を投げ出すための挨拶が随分と個性的になったものじゃのう」
影の中から上皇様が姿を現す。その周囲には、晴天だというのに血のような赤い霧が立ち込め、手にした呪符が不気味に赤く発光していた。
『……パパ。……あのピカピカの人。……パンドラ、連れて行くって、言った。……ルル、あのお喋りな口、食べていい?』
私の足元から伸びたルルの影が、校庭の半分を覆い尽くすほど巨大な顎へと変形していく。
「待って! みんな待ってください! まだ話せば分かるかもしれないし、ここで暴れたらまた学園が更地になりますから!!」
私はキリキリと痛み出した胃を押さえながら、端末を操作して防壁魔法を最大展開しつつ、正門へと駆け出した。
門の前では、件の勇者アリスが、駆けつけた教師や生徒たち(そして陰で警護していた魔物たち)に囲まれながら、自信満々に胸を張っていた。
「さあ、王女はどこだ! 街の噂で聞いたぞ、この学園には『深淵の王』に育てられている可憐な乙女がいるとな。僕のような選ばれし勇者こそが、彼女を救うに相応しい!」
「……あ、あの、勇者様? 私は王女じゃありませんし、別に捕まっているわけでもないのですが……」
困り果てた顔で校舎から出てきたのは、当の本人、パンドラだった。
12歳になり、その美しさに拍車がかかった彼女を一目見た瞬間、勇者アリスの瞳がハートマーク(物理)に変化した。
「おお……なんと神々しい! その銀髪、その瞳! 噂以上の美しさだ! さあ、行こうパンドラ! 汚らわしい魔族や陰気な管理人の手から、僕が君を光の世界へ連れ出してあげるよ!」
アリスがパンドラの手を取ろうと、その白銀の手を伸ばした。
――その指先が彼女に触れる、わずか数ミリ前。
「「「……失せろ。」」」
ルシファー様の闇の波動、上皇様の呪いの雷、そしてテュポーン様の崖下からの咆哮が同時に炸裂した。
「ひぎゃああああああっ!?」
勇者アリスは、文字通り「光の速さ」で校庭の端から端まで吹き飛ばされ、校門の壁に人間型の穴を開けて埋まった。
「おじちゃんたち、そんなに怒らなくても……」
パンドラが慌てて駆け寄るが、魔王たちの怒りは収まらない。
「管理人! なぜ止める! あの男は今、パンドラを『汚らわしい場所にいる』と言ったのだぞ! この垂直都市が、パンドラを育てるに不十分だとでも言うつもりか!?」
「そうじゃ、わしらが手塩にかけて育てたイチゴを、あのようなチャラチャラした男に食わせるわけにはいかん!」
ルシファー様と上皇様が、今にもトドメを刺そうと勇者に詰め寄る。
私は端末の画面を確認し、溜息をついた。
【ログ:外部侵入者(勇者アリス)を確認。パンドラへの接触試行により、階層主たちの殺意がカンストしました。】
【警告:このまま放置すると、勇者アリスの死亡により近隣諸国との外交問題、および学園の物理的崩壊が発生します。】
「……アリス君、だったかな。君には同情するよ。……でもね、君がプロポーズしたのは『世界で最も過保護な保護者たち』がいる場所なんだ」
私は埋まっている勇者の前に立ち、冷徹な微笑みを浮かべた。
「とりあえず、不法侵入とパンドラへの精神的苦痛の代償として……君にはこれから一ヶ月、第3階層のベルゼブブ様の沼で『ウジ虫の餌やりアルバイト』に従事してもらうよ。もちろん、給料は全額パンドラの学費に寄付してもらうけどね」
「そ、そんな殺生な……! 僕は勇者で、僕はパンドラを愛して……」
「『黙れ。』」
ルシファー様の声に、勇者は白目を剥いて気絶した。
こうして、垂直都市の平穏な朝は、勇者アリスの「強制労働」という形で幕を閉じた。
だが、これはまだ始まりに過ぎなかった。
天界を制圧し、娘が成長したことで、垂直都市の噂は良くも悪くも世界中に広まりすぎてしまったのだ。
「パパ。あの人、大丈夫かな……?」
「大丈夫だよパンドラ。ベルゼブブ様は料理が得意だから、きっと……うん、栄養満点な目に遭わせてくれるはずだ」
私はパンドラの頭を撫でながら、次の「求婚者」や「挑戦者」が来ないよう、端末でさらに凶悪な防衛トラップの構築を開始した。
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