表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【絶望セーブ】深淵ダンジョンの管理人、捨て子のパパになる 〜最強魔王たちと育てる、パンドラの箱の最後の希望〜  作者: beens
第1章:乳幼児編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

5/55

第4話:深海のお散歩、クトゥルフ様は子守唄がお上手?

 第4階層『深淵の沈黙海』。

 ここは、物理法則が水圧と共にねじれ、重力が「浮力」に屈した青い地獄だ。

 宙に浮かぶ巨大な海水の塊の中を、光を失った異形の魚たちが泳ぎ、その最深部には、かつて地上を支配した旧支配者たちが眠る沈没都市『ルルイエ』が重なっている。

 今日のパンドラは、少々ご機嫌ななめだった。

 理由は明確――「寝ぐずり」である。

 赤ん坊という生き物は、眠いなら寝ればいいものを、眠気が限界を超えると逆に脳が興奮し、この世の終わりのような叫びを上げる。

「……ふぎゃぁぁぁぁ!! ぁぁぁぁ!!」

 第4階層の海水が、彼女の声の振動で波立つ。

 私は、特注の潜水服(水圧無効・精神汚染遮断機能付き・30万ポイント)のヘルメット越しに、抱っこ紐の中のパンドラをあやしていた。

「困りましたね。第1階層の竹林も、第5階層のモフモフ(フェンリル)も効果がなかった。こうなったら『深海のホワイトノイズ』に頼るしかありません」

 私がルルイエの巨大な石門をノックすると、深海特有の、低く重い響きが返ってきた。

『……何奴だ。我が永劫の眠りを妨げる、無知なる矮小生物よ……』

 現れたのは、山のような巨躯に無数の触手を持ち、背にはコウモリのような翼を蓄えた、名状しがたき邪神クトゥルフ。

 その姿を見ただけで、並の人間なら精神が消滅し、狂信者へと変貌する。

「お久しぶりです、クトゥルフ様。うちの娘が寝付けなくて困っていまして。あなたの『歌』を聞かせていただけませんか?」

『……我が歌? 我が呪詛うたは星々を狂わせ、正気という概念を粉砕する終末の旋律ぞ。それをこの、ミルク臭い幼子に聞かせろと言うのか』

 クトゥルフの触手が、イライラしたように海水をかき回す。

 その拍子に、隣を泳いでいた巨大海獣リヴァイアサンが「邪魔だ」と言わんばかりに尻尾でクトゥルフを小突いた。深海の神々による小競り合い。それだけで、地上なら巨大地震が発生するレベルの衝撃波が広がる。

「……ぁ、う?」

 だが、その衝撃がパンドラには心地よかったらしい。

 彼女は涙を浮かべた目で、ゆらゆらと動くクトゥルフの顎の触手を見つめた。

「ほら、パンドラ。あのおじさんの髭、面白い形をしてるよ」

『お、おじ……髭だと!? 我は深淵の主……』

「クトゥルフ様、お願いします。今、彼女に泣き喚かれると、最下層のアザトース様がまた起きかけます。いつぞやの二の舞ですよ」

 私の言葉に、クトゥルフはピタリと動きを止めた。

 アザトースという名には、流石の旧支配者も逆らえない。

『……よかろう。ただし、この幼子の精神が崩壊し、次元の狭間に溶けても我は知らんぞ』

 クトゥルフは巨大な口を開き、その深淵から「音」を放った。

『ふんぐるい・むぐるうなふ・くとぅるふ・るるいぇ・うが=なぐる・ふたぐん……』

 それは、人間の耳には「不快な摩擦音」と「深海の地鳴り」を混ぜ合わせたような、不気味な不協和音だった。

 私のヘルメットの精神防壁ゲージが、みるみるうちに削られていく。流石にキツイ。

 しかし。

「……う、ん……」

 パンドラは、その「宇宙的な不協和音」を聞いた瞬間、ピタリと泣き止んだ。

 それどころか、クトゥルフの触手の一本を小さな手で「ぎゅっ」と掴み、心地よさそうに目を細め始めたではないか。

『……な、何!? 我が狂気の賛美歌を、子守唄として受容しているというのか!?』

「どうやらクトゥルフ様の超低周波が、パンドラには『お腹の中にいた時の音』に聞こえるみたいですね。相性が良くて助かりました」

『我が……我が究極の呪詛が、胎内音扱い……!?』

 クトゥルフは大きなショックを受けたようだったが、パンドラが自分の触手に頬をすり寄せ、「しゅきー……」と寝言を漏らした瞬間、すべての触手がフニャリと弛緩した。

『……ふん。致し方ない。寝付くまで、このままにしておいてやろう』

 それから数時間。

 宇宙の支配者たる邪神クトゥルフは、小さな赤ん坊のために、その巨体をゆらゆらと揺らし、繊細な振動で「子守唄(重低音バージョン)」を歌い続けた。

 隣でリヴァイアサンが「俺の背中も貸してやろうか?」という顔で寄ってきたが、クトゥルフは「今は静かにしろ」とばかりに触手で制した。

 私はその光景をタブレットで撮影し、ログを更新する。

【ログ:第4階層主・クトゥルフが『専属の音楽教師(重低音担当)』に就任しました】

【パンドラのステータスに変化:称号『深淵を眠らせる者』が追加されました】

【管理者コメント:クトゥルフ様の精神的ダメージが心配ですが、育児の質は向上しました】

「おやすみ、パンドラ。明日からは、第6階層のルシファー様が『離乳食のテーブルマナー』について講釈を垂れたいそうだよ」

 静かな深海。

 邪神の腕の中でスヤスヤと眠るパンドラ。

 地獄の垂直都市は、今日、また一歩「理想の保育園」へと近づいた。

更新通知を受け取りたい方は、ぜひブックマークをお願いします!

「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、執筆の大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ