表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【絶望セーブ】深淵ダンジョンの管理人、捨て子のパパになる 〜最強魔王たちと育てる、パンドラの箱の最後の希望〜  作者: beens
第1章:乳幼児編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/4

第3話:地獄のベビーサークル、フェンリルの背中の上で

 第5階層『凍てつく終末の荒野』。

 ここは、あらゆる生命の「熱」と「希望」が剥奪される絶対零度の領域だ。

 吹き荒れる吹雪は、鋼鉄さえも一瞬で脆いガラスへと変え、広大な氷原には、主神オーディンを食い殺すと予言された巨大な狼、フェンリルが横たわっている。

 本来なら、神々ですら足を踏み入れるのを躊躇うこの絶望の極致に、私は今、一台のベビーカー(全地形対応・耐魔法防壁仕様・20万ポイント)を押して立っていた。

「……寒い、寒いぞ管理人。貴様、我を殺す気か」

 隣でガタガタと震えているのは、第3階層の主、ベルゼブブ様だ。

 なぜ彼がいるのかといえば、先日のおしゃぶり代(5万ポイント)の貸しを、今日一日の「子守の補助」でチャラにするという契約を結んだからである。

「ベルゼブブ様、文句を言わないでください。パンドラにはちゃんと『常夏暖房結界』をかけてありますから。ほら、見てください。彼女、ぐっすりですよ」

 ベビーカーの中で、パンドラは鼻提灯を膨らませて眠っている。

 最強の吹雪も、彼女の周囲1メートル以内では、そよ風程度の微風に変換されるよう設定済みだ。

「貴様の過保護ぶりには反吐が出る……。それより、なぜこの階層に来た。あの『終末の狼』に何の用だ」

「パンドラが最近、寝返りを打つようになりましてね。床が硬いと危ないので、最高級のプレイマット……つまり、フェンリル様の抜け毛が欲しいんです」

「……貴様、死にたいのか?」

 ベルゼブブが真顔で引き返そうとしたその時。

 グオオオオオォォォン……。

 大気を震わせ、氷河を叩き割るような咆哮が響いた。

 雪煙の向こうから、二つの巨大な、黄金色の眼光が我々を射抜く。

 フェンリルが、その巨体を起こしたのだ。彼がひとたび口を開けば、上顎は天を突き、下顎は地を噛む。まさに世界の終わりそのものの姿。

『……何奴だ。我が眠りを妨げる、不遜なる羽虫どもは』

 声だけで心臓が止まりそうな振動。ベルゼブブのハエたちが恐怖で次々と氷像に変わっていく。

 だが、私は動じない。タブレットで「交渉用翻訳ログ」を立ち上げ、一歩前に出た。

「お久しぶりです、フェンリル様。本日はご相談が。そちらの、換毛期で余っている冬毛を少々、私の娘のために譲っていただけないでしょうか?」

『……毛? 我が誇り高き毛皮を、人間の種子ごときのために? 狂ったか、管理人。今すぐ貴様らごと、この世界の熱と共に食い尽くしてくれよう』

 フェンリルが牙を剥く。その瞬間、絶対零度の冷気が爆発的に膨れ上がった。

 ――が。

「ふぁ……あぅ?」

 その殺気の渦中で、パンドラが目を覚ました。

 彼女は眩しそうに目をこすると、ベビーカーから身を乗り出し、目の前にある「巨大なモフモフした何か」を見つめた。

『……ぬ?』

 フェンリルが動きを止める。

 パンドラは、恐怖を感じるどころか、その黄金の瞳をキラキラと輝かせ、小さな両手を突き出した。

「わんわん! っきー!」

 満面の笑み。そして、一点の曇りもない歓喜の叫び。

 彼女にとって、世界を滅ぼす魔狼は、ただの「大きなワンちゃん」に過ぎなかった。

『……我が名、フェンリル。神々を屠り、ラグナロクをもたらす牙ぞ。それを、わん……わん……?』

 狼の王は困惑した。

 これまで彼に向けて投げられたのは、恐怖、憎悪、あるいは呪いだけだった。こんなにも真っ直ぐな「好意」を向けられたのは、数千年の歴史の中で初めてのことだった。

「フェンリル様、見てください。彼女、あなたの毛並みがとっても気に入ったみたいですよ。どうでしょう、プレイマットと言わず、彼女を少し背中に乗せていただけませんか?」

『ふ、ふざけるな! 我が背に乗れるのは、死せる魂の軍勢のみ……』

「パンドラ、あっちのワンちゃんの背中、ふわふわしてそうだよ?」

 私がパンドラをベビーカーから抱き上げると、彼女は空中で手足をバタバタさせて喜んだ。

 フェンリルは鼻息を荒くして威嚇し続けたが、近づいてくるパンドラの、ミルクのような甘い匂いと温かな体温を感知した瞬間――。

 ……ドサッ。

 巨大な狼が、その場に伏せをした。

『……勘違いするな。あまりに騒がしいゆえ、黙らせるために近くに来ることを許しただけだ。もし我が背を汚せば、その瞬間に噛み殺す』

 明らかに照れ隠しの咆哮。

 私は笑いを堪えながら、パンドラをフェンリルの首元、一番毛が柔らかい部分にそっと置いた。

「きゃははっ! ふわー! ふわー!」

 パンドラは歓喜の声を上げ、フェンリルの剛毛に顔を埋めた。

 神々の鎖さえ引きちぎった最強の狼の体が、パンドラが動くたびに、ぴくぴくと小刻みに震えている。

『……くっ。……む、くすぐったい。よせ、そこは……っ。……ふん、まぁ、ぬくもりだけは認めなくもない』

 ベルゼブブが呆れ果てた顔で呟く。

「……信じられん。あの終末の狼が、ただの『巨大なクッション』に成り下がっている」

「フェンリル様、ついでにその辺に落ちている抜け毛、回収してもよろしいですね?」

『勝手にしろ……。あと、管理人。……来週も、その種子を連れてこい。退屈しのぎに、雪遊びの相手くらいはしてやらんでもない』

 私は黙々と毛を拾い集め、タブレットを操作した。

【ログ:第5階層主・フェンリルが『パンドラの乗り物(大型犬)』として登録されました】

【新アイテム作成:『魔狼の毛皮製・最高級プレイマット』が完成しました】

【パンドラのステータスに変化:称号『神殺しの飼い主』が追加されました】

「さあ、パンドラ。帰ってお昼寝にしよう。今日はいいお土産ができたね」

 帰り際、パンドラは名残惜しそうにフェンリルの鼻先に「ちゅっ」とキスをした。

 その瞬間、第5階層の吹雪が止まり、氷原に一瞬だけオーロラが輝いたのを、私は見逃さなかった。

 地獄の垂直都市に、また一つ、攻略不可能な「癒やしスポット」が誕生した瞬間だった。

更新通知を受け取りたい方は、ぜひブックマークをお願いします!

「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、執筆の大きな励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ