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【絶望セーブ】深淵ダンジョンの管理人、捨て子のパパになる 〜最強魔王たちと育てる、パンドラの箱の最後の希望〜  作者: beens
第1章:乳幼児編

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第2話:お食い初めは、呪いの儀式と共に

 生後百日。

 人間界では『お食い初め』という行事が行われる。一生、食べるものに困らないようにと願う、親心溢れる儀式だ。

 ここ、地獄の最底辺にあるダンジョン『終焉の垂直都市』でも、その伝統は(無理やり)守られることになった。

「管理人よ……。これが、貴様の言う『献立』か?」

 低く、地を這うような声が響く。

 第1階層『怨嗟の竹林』。常に血の霧が漂うこの領域の主、崇徳上皇は、私が提出したタブレットの画面を凝視して、その端正な顔を不機嫌そうに歪ませた。

 その背後では、数十体の大天狗たちが、抜刀したまま「我が主になんという不敬を」と言わんばかりの殺気を放っている。

「ええ。赤飯、お吸い物、煮物、香の物、そして『歯固めの石』。パンドラが一生食べ物に困らず、強い歯が生えるように。上皇様、あなたはこの階層で最も『和』の作法に精通しておられる。ぜひ、儀式の取り仕切りをお願いしたい」

 私は殺気を柳に風と受け流し、事務的な笑みを浮かべた。

 正直、周囲の霧が服を腐食し始めているのだが、今はそんなことを気にしている場合ではない。パンドラの祝い事の方が重要だ。

「ふん。我を『日本国の大魔縁』と知りながら、赤子のままごとを手伝えと申すか。本来ならば、その赤子の魂ごと呪い殺して……」

「おや、上皇様。先日の定例会議で決まった『第1階層への観光客(生贄)の増員計画』、白紙に戻してもよろしいので?」

「…………。支度をせよ。天狗ども、赤飯を炊け。小豆は怨念で赤くなったものではなく、最高級の大納言を用意しろ」

 上皇様は、パッと扇子を広げて顔を隠したが、その耳の端が少しだけ動いたのを私は見逃さなかった。意外と押しに弱いのである。

 さて、ここからが地獄の本番だった。

 儀式の会場は、竹林の中央にある「呪いの祭壇」。

 本来なら生きた人間を捧げる場所に、今日は可愛らしい漆塗りの食器セット(5千ポイントで取り寄せた特注品)が並べられている。

 パンドラは、管理事務所で仕立てた小さな着物(ベルゼブブからむしり取った最高級の絹製)に身を包み、不思議そうに周囲を見渡していた。

「……あー、うー?」

 彼女が小さなおててを伸ばすと、周囲に侍る天狗たちが一斉にびくっと肩を揺らす。

「き、聞いたか。今、我らを威圧したぞ……」

「さすがは管理人が保護した幼子……計り知れぬ魔力だ……」

 勝手に勘違いして震えている彼らを無視し、私は儀式の進行を促した。

「では、上皇様。箸役をお願いします」

 上皇様は渋々といった様子で箸を取り、まずは赤飯をパンドラの口元へ運ぶ。

 だが、その箸先に乗っていたのは、単なる米ではなかった。

「……上皇様。これ、なんですか? 湯気からドクロの形をした煙が出ているのですが」

「『怨念仕込みの不老長寿米』だ。これを食せば、病魔など一瞬で塵に帰そう」

「パンドラは人間なんです。死ぬ前に、お吸い物の具は何を?」

「『三途の川の主の肝』だ」

「却下です。普通に鯛を焼いてください」

 そんな押し問答を繰り返すこと一時間。

 ようやく「ギリギリ人間が食べても即死しないレベル」まで浄化された献立が出揃った。

 最後に、もっとも重要な『歯固めの石』の儀式がやってくる。

 丈夫な歯が生えるように、石に箸を触れさせ、その箸を赤子の歯茎に当てるというものだ。

 上皇様が、祭壇の奥から一塊の黒い石を取り出した。

 その石からは、見る者が発狂しそうなほど禍々しいオーラが放たれている。

「これは……まさか」

「我が魂の一部を封じた『呪石』よ。これを歯固めに使えば、この子の言葉そのものが呪いとなり、言霊によって世界を支配することになろう」

「……さすがに将来の職業選択の幅が狭まりすぎるので、別の石にしてもらえますか?」

 私が言いかけた、その時だった。

 パンドラが、身を乗り出して、上皇様が持つその黒い石を「ぎゅっ」と掴んでしまったのだ。

「あっ、パンドラ! ダメだよ、それは……!」

 慌てて止めようとした私だったが、次の瞬間、信じられない光景を目の当たりにした。

 パンドラがその黒い石を口に運び、あむっ、と噛みついたのだ。

 まだ歯も生え揃っていないはずの彼女の口。

 パキッ――という、乾いた音が静寂の竹林に響き渡った。

「「「「なっ……!?」」」」

 天狗たちが絶句する。

 最強の呪石に、ヒビが入っていた。

 パンドラはそれをガリッと一口かじると、ぺっと吐き出し、「にぱーっ!」と今日一番の笑顔を見せた。

「……石を、うた。我の魂を、文字通り咀嚼したというのか……」

 上皇様が、わなわなと震えながら座り込む。

 ショックを受けているのかと思いきや、その瞳には、かつてないほどの歓喜の光が宿っていた。

「素晴らしい……! 恐るべき赤子よ! よかろう、このパンドラ、我が『養女』として今後も目をかけてやろうではないか!」

 いや、私の娘なんですけど。

 そうツッコミを入れる暇もなく、竹林全体が祝祭の風に包まれた。

 その日の夜。

 満腹になって眠るパンドラの隣で、私はタブレットのログを確認した。

【ログ:第1階層主・崇徳上皇との友好度が『最大』になりました】

【パンドラのステータスに変化:称号『魔王を噛み砕く者』が追加されました】

【管理者コメント:歯固めの儀式は成功しましたが、将来の食費が心配です】

「……やれやれ。これじゃあ、将来彼女にプロポーズしてくる勇者は、命がいくつあっても足りませんね」

 私は苦笑しながら、パンドラの小さな寝顔を見つめる。

 地獄の第1階層を完全に掌握した生後百日(仮)の赤ん坊。

 彼女の「希望」がどんな形に育っていくのか、管理人の私にも、もう予測はつかなかった。

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