第43話:誘惑の園! 第ニの使徒、愛の女神の『パパの偽物』作戦
天界の第二の丘、『常春の園』。
そこは、第一の門の殺伐とした空気とは対照的に、甘い花の香りと桃色の霧に包まれた、夢幻のような場所だった。
「……ふん、鼻につく香りだ。堕落と誘惑の匂いがする。管理人、この霧を吹き飛ばせ……と言いたいが、あやつは不在だったな」
ルシファー様が苛立たしげに漆黒の外套を翻す。
「ほっほっほ、堕天使よ。これは『愛の女神』の術域じゃ。理屈ではなく心に直接訴えかけてくる、一番厄介な類のものよ」
上皇様が数珠を握り直し、パンドラを庇うように前に出る。
その時、霧の向こうから、聞き慣れた「足音」が聞こえてきた。
それは、パンドラが生まれてから今日まで、毎日聞き続けてきた、穏やかで規則正しい靴音。
「……えっ?」
霧を割って現れたのは、黒いスーツを完璧に着こなし、いつもの管理端末を手に持った――「パパ」だった。
「やあ、パンドラ。……迎えに来てくれたんだね。ごめん、少し手間取っちゃったよ」
彼はいつものように優しく微笑み、パンドラに向かって両手を広げた。
「パ、パパ……!? 本物なの? どこも怪我してない?」
パンドラが駆け出そうとする。
ルシファー様と上皇様も、一瞬だけ動きを止めた。彼らにとっても、管理人の無事は喉から手が出るほど望んでいた結果だったからだ。
「ああ、大丈夫だよ。天界の神様たちとも話がついたんだ。さあ、一緒に垂直都市へ帰ろう。今日の夕飯は、君の好きなハンバーグにしようか」
『……パパ? ……くんくん。……パパの、匂い。……でも、何か、違う』
ルルが鼻をひくつかせ、不信感を露わにする。しかし、「パパ」はルルの頭を優しく撫で、懐から特製のジャーキーを取り出した。
『……あ、これ、ルルの好きなやつ。……本物?』
「パパ……よかった。本当によかった……!」
パンドラが「パパ」の胸に飛び込もうとした、その直前。
彼女はピタリと足を止めた。
「……どうしたんだい、パンドラ? 早くお帰ろう」
パンドラは、目の前の「パパ」をじっと見つめた。
そして、悲しそうに首を振った。
「……お姉さん。パパの姿を借りるのは、やめて」
その瞬間、霧の奥から鈴を転がすような笑い声が響き、「パパ」の姿が陽炎のように揺らめいた。現れたのは、美しき黄金の髪を持つ女性――天界十二使徒・第二の騎士、愛の女神アフロディアだった。
「あら、バレてしまったかしら? 外見も、声も、匂いも、記憶の断片まで完璧に再現したはずなのに。……どうして偽物だと分かったの? 愛しいお父様でしょう?」
パンドラは、キッと女神を睨みつけ、指を突き出した。
「パパはね、私が駆け寄ろうとしたら、まず『ドレスが汚れるから走っちゃダメだよ』って言うの! それに、今日の夕飯の約束は、パパが消える前に『海に行ってバーベキューしようね』って約束してたんだから!」
「……チッ、細かい男ね」
女神が舌打ちをする。
「それに! 本物のパパは、私が一歩近づいただけで、私の髪に付いたゴミを無意識に取ろうとするくらい、心配性で、おせっかいで……世界で一番『普通』で、最高なパパなんだから! 貴女みたいなキラキラした魔法じゃ、パパの『普通』は作れないよ!」
「――よく言った、パンドラ! 貴様のその言葉だけで、私の魔力は全回復したぞ!」
ルシファー様の背後から、噴火のような黒い炎が立ち昇る。偽物に惑わされかけた己への怒りと、パンドラの確かな愛への感動が爆発したのだ。
「人の絆を玩具にするとは、天界の神も地に落ちたものよ。パンドラ、許可をくれ。この丘ごと、因果の塵に変えてやる」
「……ううん、おじちゃん。この人は、私が『メッ』する」
パンドラが前に出る。
彼女の胸の「箱」から、今まで見たこともないほど深く、強大な虹色の輝きが溢れ出した。それは、パパを想う「純粋な愛」が変換された、天界の法すら上書きする絶対的な権能。
「――パパのフリをした罪は、重いよ。……メッ!!!」
カァァァァァッ!!
パンドラの叫びと共に、女神アフロディアが展開していた「誘惑の結界」が、ガラス細工のように粉々に砕け散った。
女神自身も、その純粋すぎる想いの波動に当てられ、「愛……これが、真実の愛なの……?」と呟きながら、魂の浄化(物理的ダメージ)を受けて気絶し、地面にめり込んだ。
桃色の霧は晴れ、丘の上には澄み渡った空が広がっていた。
【ログ:天界第二の丘を突破。女神アフロディアを撃破。】
【獲得ポイント:+50,000,000P(愛の女神が『自分の知らない真実の愛』を見せつけられた絶望より)】
【パンドラのステータス:スキル『真実の眼(パパ限定)』を習得。】
【管理者コメント(自動返信):パンドラ……正解だよ。海でのバーベキュー、楽しみにしてる。……でも、ルシファー様。私の真似をして『私がパパだぞ』と言い寄るのは、流石にキモ……いえ、控えてください】
「……キモいと言いかけたな、管理人。帰ったら覚えていろよ」
ルシファー様が不機嫌そうに呟くが、その口元はわずかに緩んでいた。
「さあ、行こう! 次の丘には、何があるの?」
パパの「普通」を守るため、パンドラはより強く、より美しく、神々の領域を突き進んでいく。
更新通知を受け取りたい方は、ぜひブックマークをお願いします!
「続きが気になる」「面白い」と思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆から評価をいただけると、執筆の大きな励みになります!




