第37話:深淵の料理対決! 暴走するベルゼブブと、パンドラの『隠し味』
始まりは、パンドラが作った一杯のスープだった。
野菜を不格好に切り、一生懸命に灰汁を取った、どこにでもあるコンソメスープ。
「パパ、お仕事お疲れ様。熱いから気をつけて飲んでね?」
「ありがとう、パンドラ。……ああ、心に染みる味だ」
私がその温かさに涙しそうになったその時、管理事務所の厨房の壁が「爆発」した。
「認めんぞ……! この美食の都(垂直都市)において、そのような軟弱な液体を『スープ』と呼ぶことは、この暴食公ベルゼブブが断じて許さん!!」
現れたのは、コック帽を被り、右手に伝説の包丁、左手に神話級のフライパンを握りしめたベルゼブブだった。彼は美食を司る魔王として、パンドラの「素人料理」に過剰なまでの対抗心を燃やしていた。
「ベルゼブブおじさん!? どうして壁から入ってくるの?」
「パンドラよ、料理とは『命の収奪』であり『魔力の再構築』だ! 貴様に真の『絶望的なまでに美味い料理』というものを見せてやろう。管理人! 今すぐ第5階層の調理場を開放しろ! 料理対決だ!!」
なぜか観客席まで用意された特設会場。
審査員席には、涎を垂らすルルと、「パンドラの勝利以外は認めん」という顔をしたルシファー様、そして「酒の肴も作れ」と無茶振りする上皇様が座っている。
「……それでは、料理対決を開始します。テーマは『パパ(管理人)が元気になる料理』です」
私の合図で、ベルゼブブが動いた。
「フハハハ! 食材はこれだ! 第2階層で捕獲した『宇宙鯨の肝』と、天界の果樹園から強奪した『黄金のリンゴ』! これを深淵のスパイスで煮込む!」
ベルゼブブの包丁捌きは神速を超え、食材から放たれる魔力が調理場を七色に染める。もはや料理というよりは、高密度の魔力兵器を生成しているようにしか見えない。
一方、パンドラは小さめのエプロンを締め、トントンとゆっくり包丁を動かしていた。
「私はね、パパが大好きな『オムライス』を作るんだ。ルルちゃん、卵を割るのを手伝って?」
『……まかせて。……ルル、殻だけ、先に、食べる』
「ルルちゃん、中身はパパにあげるんだよ!?」
完成〜審査
まずはベルゼブブの作品。『深淵流・極彩色宇宙鯨のソテー〜神罰のソースを添えて〜』。
「さあ、食せ! 一口食べれば魂が昇天し、二口食べれば前世の記憶まで美味さに染まるぞ!」
ルシファー様が一口食べると、その背後の黒翼が激しく振動した。
「……ぬ、ぬぅ……! なんという暴力的な美味さだ。全細胞が歓喜の悲鳴を上げ、魔力が無限に溢れ出す……! 憎らしいが、味だけは認めざるを得ん」
しかし、パンドラの作品、『パパへの大好きオムライス(ケチャップのハートマーク付き)』が出された瞬間、会場の空気が変わった。
「パパ、はい。あーん、して?」
パンドラにスプーンを差し出され、私はそれを口にした。
その瞬間、全身を包み込んだのは魔力ではなく、圧倒的な「安心感」だった。
「……ああ、これだ。疲れが……心の澱みが、溶けていくようだ」
驚くべきことに、パンドラが知らず知らずのうちに込めた「箱」の権能――『希望』が、ただの卵とケチャップをご馳走に変えていたのだ。
「な、何だと……!? 私の神話級食材よりも、その歪な卵料理の方が幸福感が高いというのか!? 隠し味は何だ、パンドラ! どんな禁断のスパイスを使った!?」
ベルゼブブが驚愕して問い詰めると、パンドラは小首を傾げて笑った。
「隠し味? ……うーん、『パパ、いつもありがとう』って思いながら混ぜたことかな?」
ベルゼブブは衝撃のあまりフライパンを取り落とした。
「……『感謝』だと……。技術でも、希少性でもなく……ただの『想い』が、私の極致を超えたというのか……」
結局、ベルゼブブは自分の敗北を認め、「私もパンドラに『ありがとう』と言われる料理を作ってみせる!」と、新たな修行のために自身の階層へ引きこもっていった。
【ログ:深淵料理対決、パンドラの勝利。ベルゼブブの料理プライドが崩壊しました。】
【獲得ポイント:+10,000,000P(美食の魔王が味わった『純粋な真心に敗北した絶望』より)】
【パンドラのステータス:スキル『至高の家庭料理(癒やし+999)』を習得。】
【管理者コメント:ベルゼブブ様の料理も確かに絶品でしたが、食べた後に爆発(魔力の暴走)が起きるのは困ります。パンドラのオムライスは、ただただ……優しかったです】
『……パパ。……ベルゼブブおじさんの料理、ルルが全部、片付けた。……お腹、あと、半分、空いてる』
「ルルちゃん、食べ過ぎだよ! さあ、パパ。残りのオムライス、冷めないうちに全部食べてね!」
管理人の胃袋と心は、娘の愛情によってこれ以上ないほど満たされたのだった。
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