第34話:地獄の運動会! 審判は魔王、ゴール地点は奈落の底!?
雲ひとつない秋晴れ。学園の校庭には万国旗がなびき、子供たちの元気な声が響いている。
本来なら微笑ましいはずの「聖アウレオール学園・大運動会」だが、本部に座る「特別来賓席」の顔ぶれを見ただけで、審判を務める教師たちの胃には穴が空きそうになっていた。
「ほう。あれが『徒競走』か。足の速い者が勝つという単純なルール……気に入った。だが管理人、なぜパンドラの走るコースだけあんなに凹凸があるのだ? 土壌の神に命じて、彼女の通る道だけシルクの絨毯に変えさせようか」
黒いトレンチコートにサングラスという、隠す気のない不審者スタイルのルシファー様が、双眼鏡を握りしめて身を乗り出している。
「ルシファー様、あれはただの土の地面です。公平性が失われるので、勝手に地形を変えないでください」
「ほっほっほ、堕天使よ。絨毯など生ぬるい。わしが既にパンドラの靴に『縮地の呪い』をかけておいた。一歩踏み出すだけでゴールを突き抜け、隣国まで到達するはずじゃ」
「それ、失格どころか行方不明になりますよね!? 上皇様、今すぐ呪いを解いてください!」
私が必死に魔王たちを制御している間に、パンドラが出場する「100メートル走」の号砲が鳴った。
「パパ! おじちゃんたち! 見ててねー!」
パンドラが元気に手を振ってスタートラインに立つ。
だが、隣のコースの男子生徒たちは、パンドラではなく、背後の来賓席から放たれる「もしパンドラを追い越したら貴様の存在を因果から消す」という魔王たちの凄まじい眼力(殺気)に当てられ、スタート前から膝がガクガクと震えていた。
パンッ!
スタートの瞬間。パンドラは元気に駆け出したが、他の生徒たちは恐怖で一歩も動けず、その場に崩れ落ちた。
「わぁ、パンドラが圧倒的ではないか! さすがは私の愛娘(予定)!」
「……おじちゃんたち、また何かしたでしょ!!」
一人でゴールテープを切ったパンドラが、頬を膨らませて戻ってくる。
一方、観客席の保護者たちは、理由のわからない恐怖に包まれ、阿鼻叫喚の地獄絵図となっていた。
続いてはルルの出番だ。種目は「借り物競争」。
小さな手でクジを引いたルルは、紙に書かれた文字をじっと見つめ……そのまま、迷わず校庭の「影」の中に飛び込んだ。
『……これ。……お題、“一番大切なもの”。……取ってきた』
数秒後、ルルが影から引きずり出してきたのは、執務室で仕事をしていたはずの私(管理人)と、なぜか第2階層の主・テュポーンの尻尾の一部だった。
「ルルちゃん!? 仕事中なんだけど! あと、それ、テュポーンさんの尻尾! 怒られるよ!」
『……パパ、大切。……お肉、大切。……これで、一等賞?』
「一等賞どころか、学園が滅びるわ!!」
テュポーンの尻尾から漏れ出す瘴気で、校庭の芝生がみるみる黒ずんでいく。私は慌てて管理タブレットで空間を隔離し、尻尾を元の階層へ送還した。
運動会のクライマックス。パンドラのクラス対抗の綱引きだ。
あまりの熱戦(魔王たちの干渉のせいで空が割れ始めている)に、ルシファー様がついに我慢できず立ち上がった。
「見ていられん。パンドラの勝利を確実なものにするため、私が直接『審判』として介入してやろう」
「ルシファー様、やめてください! あなたが綱に触れたら、相手チームが次元の彼方に引きずり込まれます!」
制止も聞かず、ルシファー様が審判としてコートの中央へ。
彼が「始め!」と合図を送った瞬間、パンドラ側の綱に、無意識のうちにルシファー様の「傲慢の魔力」が流れ込んだ。
ズガガガガガッ!!
綱を引いた瞬間、相手チームどころか、校庭の地面そのものが捲れ上がり、パンドラたちの背後に「第1階層・地獄の門」がゴール地点として出現した。
「わあぁぁ! 相手のみんなが地獄に吸い込まれちゃう!」
「いかん! あれは一度入ると魂をセーブされるぞ!」
阿鼻叫喚の校庭。パンドラは必死に綱を離し、仁王立ちになって叫んだ。
「――もう! おじちゃんたち、めっ! メッだよ!! せっかくみんなで頑張ってるのに、これじゃ運動会じゃないよ!」
パンドラの権能が発動し、虹色の波動が校庭を包み込む。
捲れ上がった地面は元通りになり、地獄の門は「可愛らしいお花のアーチ」へと書き換えられた。吸い込まれかけていた生徒たちは、なぜか全員、極上の幸福感に包まれながら生還した。
結局、運動会は「パンドラの大活躍(と書き換え)」により、不思議な多幸感の中で幕を閉じた。
【ログ:学園運動会、パンドラの介入により奇跡的に生存者ゼロ……ではなく、犠牲者ゼロで終了。】
【獲得ポイント:+8,000,000P(保護者たちが味わった『世界が滅びるかと思った絶望』と、その後の『強制的な幸福』のギャップより)】
【パンドラのステータス:称号『平和の守護神(物理)』を習得。】
【管理者コメント:綱引きの勢いで大陸が数センチ動きましたが、パンドラが楽しそうだったので良しとします。ルシファー様、次は審判ではなく、お弁当の係に専念してください】
「パパ、今日はお疲れ様! おじちゃんたちも、応援ありがとう!」
「……ふん。私は正当な審判を……。おい管理人、パンドラが『ありがとう』と言ったぞ。今の声を録音したか? 今すぐ第7階層まで放送しろ」
「しませんよ、恥ずかしい」
泥だらけになったパンドラとルルを連れて帰る、夕暮れの帰り道。
その後ろを、不器用な魔王たちが「パンドラの二等賞(という名の調整ミス)は天界の陰謀ではないか」と議論しながらついてくる。
垂直都市の住人たちにとって、この騒がしい日常こそが、何よりも守りたい「勝利」なのだった。
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