第32話:ルルの家出!? 深淵を揺るがす姉妹喧嘩と、パパの仲裁(物理)
「……ルルちゃん! また学校の消しゴム食べたでしょ! それに、その不気味な骨……お部屋に持ち込まないでって言ったじゃない!」
管理事務所に、パンドラの鋭い声が響いた。
10歳になり、「お姉さん」としての自覚が強くなったパンドラ。彼女にとって、学校の友だちに見せられない「地獄の遺物」を収集するルルの行動が、最近どうにも我慢ならなかったのだ。
『……これ、お姉ちゃんに、プレゼント。……深淵の、一番奥に落ちてた、綺麗な、大腿骨。……ルル、頑張って、拾った……』
「綺麗じゃないよ! それ、呪われてて呪詛を吐いてるじゃない! もう、ルルちゃんはいつもそう。もっと『普通の女の子』らしくしてよ!」
パンドラが放った「普通」という言葉。
それは、深淵の底から生まれた異形の幼生であるルルにとって、何よりも冷たく、突き放されたような響きを持っていた。
『……お姉ちゃん。……ルルのこと、嫌い……? ……わかった。……ルル、消える』
「あ、待って、ルルちゃん! いまのは……!」
パンドラが手を伸ばすより早く、ルルの姿が影の中に溶け、掻き消えた。
その数分後。
垂直都市全体を、かつてない激しい震動が襲った。
「管理人! 一体何をした!? 第7階層の『深淵の門』が逆流を始めたぞ! 階層の魔物たちが、ルルの悲しみに呼応して暴走しておる!」
血相を変えてルシファー様が飛び込んできた。その後ろでは、上皇様が「まずい、まずいぞ……。ルルが自身の存在を『虚無』へ還そうとしておる。このままではダンジョンそのものが崩壊する!」と、慌てて数千の封印札を撒き散らしている。
「パパ……私、ひどいこと言っちゃった。ルルちゃんを傷つけるつもりじゃなかったのに……!」
「大丈夫だよ、パンドラ。ルルは君のことが大好きだから、きっとすぐに見つかる。……さあ、家族の喧嘩を止めに行こうか」
私は管理タブレットの地図を開き、ルルの魔力の残滓を追った。彼女が向かったのは、ダンジョンの最下層――魔王たちですら足を踏み入れない、原始の暗黒だった。
最下層は、光の一切を拒絶する「無」の世界だった。
そこでは、巨大な泥のような不定形生物と化したルルが、自らが生み出した「悲しみの沼」に沈もうとしていた。
『……パパ。……お姉ちゃん。……ルル、普通じゃない。……食べることしか、できない。……お姉ちゃんの、邪魔……』
「ルルちゃん!」
パンドラが暗闇の中へ駆け出す。
ルルの周囲から伸びる無数の黒い触手が、侵入者を排除しようと襲いかかる。
「管理人、下がっていろ! ここは私が――」
ルシファー様が剣を抜こうとするのを、私は手で制した。
「いえ……これは姉妹の問題です。パンドラ、君の本当の気持ちを、その『力』で届けてきなさい」
「……うん! ――みんなを傷つける『悲しみ』は、メッだよ!」
パンドラが両手を広げ、自らの権能を解放した。
眩い虹色の光が、ルルの生み出した暗黒を浄化していく。触手は花びらへと変わり、澱んだ空気は春のそよ風へと書き換えられた。
パンドラは、泥の中から小さな女の子の姿に戻ったルルを、強く抱きしめた。
「ごめんね、ルルちゃん。私、お姉さんぶって、ルルちゃんの優しさを無視しちゃった。……普通の女の子じゃなくていい。ルルちゃんは、私の自慢の、世界でたった一人の妹なんだから!」
『……お姉、ちゃん……? ……ルル、骨……また拾ってきても、いい?』
「……う、うーん。せめて呪われてないやつにしてね?」
二人の少女が泣きながら笑い合うと、ダンジョンの震動は嘘のように収まった。
それを見ていたルシファー様と上皇様は、「……ふむ、姉妹の絆か。悪くない」「わしの目にも、魔力の塵が入ったようじゃ……」と、不器用に目元を拭っていた。
翌日。
管理事務所の玄関には、ルルが拾ってきた「さらに巨大なドラゴンの頭蓋骨」が誇らしげに飾られていた。
「パパ。これ、ルルちゃんと一緒に磨いたんだよ! 学校の『工作の宿題』として持っていったら、先生、気絶しちゃうかな?」
「……そうだね、念のために私が『これはただの精巧な模型です』という暗示をかけておこうか」
【ログ:ルルの家出、無事に解決。姉妹の絆が深まりました。】
【獲得ポイント:+20,000,000P(ダンジョン崩壊の危機という『極限の恐怖』からの救済より)】
【パンドラのステータス:スキル『包容する光』を習得。】
【管理者コメント:家族喧嘩一つで世界が滅びかけるのは、精神衛生上よろしくありません。ですが、パンドラがルルを『一人の家族』として改めて受け入れたことで、垂直都市の地盤はより強固になったようです】
『……パパ。……お腹、空いた。……今日のご飯、何?』
「今日はパンドラとルルの好きな、ハンバーグだよ。……あ、ルル。お皿は食べちゃダメだよ?」
『……がんばる』
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