第30話: パンドラの覚醒と、天界からの『最終最後通牒』
学園の朝は、皮肉なほどに穏やかだった。
校庭では、元勇者候補のアレックスが、慣れた手つきで魔法の鎌を振るい、草むしりに精を出している。
「……ふぅ。パンドラさんに『いつも綺麗にしてくれてありがとう』と言われると、不思議と聖剣を持っていた時より、この鎌の方が手に馴染む気がするな……」
かつての「傲慢な正義」は消え、今や彼はパンドラの笑顔を守る「地獄の庭師(見習い)」へとジョブチェンジを果たしていた。それを見守るルシファー様の冷ややかな視線にも、最近は耐性がついてきたようだ。
だが、その平和を「黄金の雷鳴」が切り裂いた。
雲が割れ、空そのものが巨大な「黄金の眼」と化した。
そこから降り注ぐのは、もはや天使の軍勢ではない。神の意志そのものが受肉した、実体のない『審判の光』。
「――宣告する。地上の欠陥品アレックスを破棄し、災厄の器『パンドラ』を回収する。これに応じぬ場合、この学園、および周辺の因果律をすべて白紙に還す」
空から響く声は、聞いた者の魂を震わせ、強制的に膝をつかせるほどの「神威」を帯びていた。
生徒たちは恐怖で動けず、学園の植物たちは一瞬で枯れ果てる。これが天界の、本気の『最終最後通牒』だった。
「……パパ。空が、とっても怒ってる。……アレックス君を、壊しちゃうの?」
パンドラが私の手をぎゅっと握りしめる。彼女の瞳には、かつての「怯え」ではなく、大切な日常を脅かされたことへの「静かな怒り」が灯っていた。
「管理人。……ここからは、我らの領域だ。パンドラを連れて下がっていなさい」
ルシファー様が、教員スーツを脱ぎ捨て、本来の『傲慢の魔王』の姿へと戻った。
背中には十二枚の漆黒の翼が広がり、天からの黄金の光を力ずくで遮断する。
「ほっほ……。わしの可愛い孫に、これ以上不粋な真似をするなら、天界の土台ごと腐らせてくれよう」
上皇様もまた、無数の怨霊を纏い、学園の周囲に死の結界を張り巡らせる。
『……パパ。……あの光、おいしくない。……でも、お姉ちゃん、悲しませるなら、ルル、全部飲み込む……!』
ルルが巨大な影の獣と化し、天を仰いで咆哮した。
最強の魔王軍団と、神の意志。世界を滅ぼしかねない衝突が始まろうとした、その時。
「みんな、待って!」
パンドラが、魔王たちの背中をすり抜け、前へと出た。
彼女の胸元で、封印されていたはずの「パンドラの箱」が、眩い純白の光を放ち始める。
「パンドラ、ダメだ! その力を使えば、君の存在そのものが――」
「大丈夫だよ、パパ。……私の中に、あのおじさん(神)の言う『絶望』があるなら。……私がそれを、みんなを守る『温かいもの』に変えてあげる」
パンドラが空に向かって、小さな手を広げた。
彼女はもう、厄災を振りまく「箱」ではない。
彼女自身が、世界に「新たな意味」を与える、慈悲の女王へと覚醒したのだ。
「悲しい光は、いりません。……ここにあるのは、パパがくれた『今』だけなんだから!」
ドォォォォォォン……!
パンドラの身体から放たれたのは、漆黒でも黄金でもない、澄み渡るような「虹色の波動」だった。
それは天から降り注ぐ神罰の光を、一瞬で「春の木漏れ日」へと書き換えてしまった。
アレックスの枯れかけた心も、学園の壊れた噴水も、恐怖に凍りついた生徒たちの心も、すべてが彼女の慈愛によって癒されていく。
「バカな……。神の裁定を、愛(慈しみ)によって無力化しただと……!? 貴様は一体、何者なのだ……!」
空の「黄金の眼」が、信じられないものを見たかのように見開かれ、そして消えていった。
パンドラの力が、一時的にではあるが天界の干渉を物理的に拒絶したのだ。
静寂が訪れる。
パンドラは、ふらりと倒れそうになるところを、私が間一髪で抱きとめた。
「パパ……。私、上手に『めっ』てできたかな……?」
「ああ。……最高に格好良かったよ、パンドラ」
私の胸の中で、パンドラは安心したように眠りについた。
それを見ていた魔王たちは、一斉に天界に向かって、ありとあらゆる罵詈雑言と「次やったらマジで天界カチ込むからな」という念を送っていた。
【ログ:天界の最終最後通牒を撃退。学園に真の平和(物理)が訪れました。】
【獲得ポイント:+50,000,000P(神ですら驚愕した『パンドラの慈愛』という未知のエネルギーより)】
【パンドラのステータス:スキル『因果の愛』を習得。】
【管理者コメント:娘が神を超えました。……が、本人は起きたらすぐに『お腹すいた』と言うでしょう。本日も波乱万丈でしたが、今後はもっと賑やかになりそうです。……さて、庭師のアレックス君、給料は出せないけど、残業よろしくね】
「パパ! 明日はね、みんなで美味しいパンケーキ、パーティーしようね!」
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