第29話:地上の『勇者』がやってきた!? パンドラを救い出す(勘違い)正義の剣!
学園の正門前が、朝から騒がしかった。
黄金の装飾が施された白銀の鎧。背中には聖教国から授かったとされる伝説の聖剣。そして、無駄に眩しい正義の微笑み。
「案ずるな、学友諸君! この地に巣食う闇の気配を察知し、私は駆けつけた! 囚われの乙女よ、今助けに行こう!」
彼の名はアレックス。地上で「次世代の勇者候補」と目される、若く、熱く、そして致命的に「人の話を聞かない」少年だった。
「……パパ。あのキラキラした人、門の前でずっと踊ってるけど、新しい大道芸の人?」
登校してきたパンドラが、私の袖を引いて不思議そうにアレックスを指差した。
『……パパ。……あの人、いい匂い。……お日様の、匂い。……食べていい?』
「ダメだよルルちゃん。……あれは『勇者』という、この世界で一番厄介な生き物なんだ」
私は深く溜息をつき、隠形の術を解いてアレックスの前に立ちふさがった。
「止まりなさい、アレックス君。ここは神聖なる学園だ。騒ぎを起こすなら、管理人として君を排除しなければならない」
「ほう、貴様がこの学園を裏で操る闇の司祭か! その顔色……パンドラという娘を日夜虐げ、魔力を搾り取っているのだな! 証拠は上がっているぞ!」
「証拠って何のことだ……」
「彼女の瞳を見れば分かる! あの憂いを帯びた銀色の輝き! あれは自由を奪われた悲劇の姫の瞳だ!」
アレックスが聖剣を抜き放ち、パンドラへと駆け寄る。
パンドラはちょうど、ルシファー様(教育実習生姿)に「今日のお弁当、嫌いなピーマン入れないでね」とおねだりしていたところだった。
「離れろ、魔王の眷属! その清らかな乙女に、貴様の汚れた手で触れるな!」
アレックスの聖剣が放つ「聖なる衝撃波」が、ルシファー様に向かって放たれた。
衝撃波は、ルシファー様の手前数センチで、パチンと虚しく弾け飛んだ。
ルシファー様は、パンドラの頭に置いていた手をゆっくりと離し、冷徹な琥珀色の瞳でアレックスを射抜いた。
「……管理人。今、こいつは何と言った? 誰が『汚れた手』だと?」
「ル、ルシファー様、落ち着いてください。彼はただの勘違いした子供です……!」
「黙れ。パンドラの純粋な朝の時間を、この騒音で汚した罪は重い。……上皇よ、出番だ」
影の中から、扇子を優雅に揺らしながら上皇様が姿を現した。
「ほっほっほ……。勇者、か。久しぶりに魂を千切りがいのある獲物じゃな。パンドラを『囚われの身』などと……。彼女は我らが至宝、宇宙で最も愛されている姫君ぞ。それを侮辱するとは、血筋ごと因果の底へ沈めてやろう」
「うわぁ、おじちゃんたちが怖い顔してる! アレックス君、逃げて!」
パンドラが心配して叫ぶが、アレックスには「魔王に怯えて叫ぶ少女」にしか見えていなかった。
「案ずるな、パンドラ! 今、僕が君をこの地獄から救い出し、清らかな光の世界へ連れて行ってあげるからね!」
アレックスがパンドラの手を掴もうとした瞬間、彼の足元から漆黒の沼――ルルの影が広がった。
『……おじさん。……お姉ちゃん、ルルの。……パパの。……おじちゃんたちの。……お前、いらない』
影から伸びた無数の触手が、アレックスの聖剣を「飴細工」のようにバキバキと噛み砕いていく。
「な……僕の聖剣が!? 貴様、どんな邪悪な魔術を――」
「邪悪じゃないよ! ルルちゃんはお腹が空いてるだけなの!」
パンドラが二人の間に割って入った。彼女はアレックスを睨みつけ、はっきりと言い放った。
「アレックス君、私はどこにも行かないよ! ここは、大好きなパパと、優しい(?)おじちゃんたちがいる、私の大切なお家なんだから! 勝手に助けに来ないで!」
パンドラの手のひらから、無色の波動――因果を拒絶する力が放たれた。
アレックスは、直接的なダメージこそなかったものの、「自分が信じていた正義」を真っ向から否定され、その場に膝をついてガタガタと震え出した。
「……僕の正義が……拒絶された……? 彼女は、魔王たちを愛しているというのか……?」
「アレックス君。君の言う『光の世界』がどれだけ立派か知らないけれど、彼女を本当に大切に思う気持ちなら、ここの住人たちの方が、天界の神々よりも数万倍は重いんだ」
私は呆然とするアレックスの肩を叩いた。
結局、アレックスはルシファー様によって「学園の草むしり係」という名の強制労働に従事させられることになった。
【ログ:地上の勇者候補、返り討ち。正義の概念が崩壊しました。】
【獲得ポイント:+4,000,000P(勇者が味わった『良かれと思ってやったことが全部裏目に出た絶望』より)】
【パンドラのステータス:称号『魔王軍の主君(無自覚)』を習得。】
【管理者コメント:勇者アレックス君は、毎日パンドラから『お疲れ様』と言われるたびに、信仰心が少しずつ地獄の魔力に染まっている気がします。……まあ、草むしりが捗るなら良しとしましょう】
「パパ! アレックス君、お花に詳しいんだって。今度、一緒に花壇を作る約束したよ!」
「……そうか。ルシファー様たちが彼を『肥料』にしないよう、パパがしっかり見張っておくね」
平和な学園生活に、また一人、地獄の毒牙(愛)にかかる犠牲者が増えたのだった。
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