第26話:パパが病気に!? 慌てふためく魔王たちと、パンドラの『はじめての看病』
それは、嵐のような学園行事と天界との外交(物理)が一段落した、ある朝のことだった。
「……パパ? 朝ごはんの時間だよ?」
パンドラが私の寝室の扉をそっと開けた。いつもなら既に起きて朝食の準備をしているはずの私が、まだベッドの中から出てこない。
「……ううっ。ごめんよパンドラ、今日は少し……体が重いんだ……」
顔を上げると、視界がぐわんぐわんと揺れている。喉は焼け付くように熱く、節々が痛む。「風邪」だ。これまでの心労と過労が、一気に噴き出したのだろう。
「パ、パパ!? お顔が真っ赤だよ! どうしよう、ルルちゃん、パパが燃えてる!」
『……パパ……熱い。……これ、悪い魔力? ……ルル、パパの中の“あつい”を、食べる?』
ルルが心配そうに、私の額にひんやりとした漆黒の触手を伸ばそうとする。だが、魔王の幼生の「捕食」で熱を下げようとするのは、流石に命の危険を感じたので丁重に断った。
管理事務所:パニック・オーバーロード
「何だと!? 管理人が倒れただと!?」
知らせを聞いたルシファー様が、窓ガラスを衝撃波で粉砕しながら飛び込んできた。その背後には、数千の呪符を宙に浮かせた上皇様と、廊下をミシミシと言わせるフェンリルもいる。
「……お、落ち着いてください……。ただの風邪です。一日寝れば治りますから……」
「馬鹿を言え! 貴様は垂直都市の楔だ! その貴様が倒れるなど、因果律の崩壊に他ならん。さては天界め、目に見えぬ『死の概念』を植え付けたな!?」
「ルシファーよ、待て。これは魂の摩耗による呪いの一種かもしれぬ。よし、わしが管理人の魂を一旦引き抜き、別の頑強な依代に移し替えてやろう」
「いや死んじゃうから! やめて上皇様! それ物理的に解決してないから!」
魔王たちの解決策が極端すぎて、寝込んでいる場合ではない。私が必死に止めていると、パンドラが毅然とした態度で彼らの前に立ちはだかった。
「おじちゃんたち、静かにして! パパは『おやすみなさい』が必要なの。私が看病するから、みんなはお外で静かにしてて!」
「……む。パ、パンドラ……。しかし、私には『神の奇跡を反転させた万能薬』の用意が……」
「メッだよ! パパをびっくりさせないで!」
パンドラの迫力に押され、最強の魔王たちが「ひっ」と肩を窄めて退場していく。
静かになった室内で、パンドラとルルは顔を見合わせた。
「ルルちゃん。パパがいつもしてくれること、思い出そう。……まずは、冷たいタオルだね」
『……タオル。……ルル、第5階層の万年雪、取ってくる。……1秒で』
ルルが影の中に消え、数秒後に「絶対に凍傷になるレベルの氷塊」を抱えて戻ってきた。パンドラはそれを慌てて魔法の火で少し溶かし、ちょうど良い冷たさにして私の額に乗せてくれた。
「パパ、気持ちいい?」
「ああ……ありがとう、二人とも……」
次にパンドラが取り組んだのは、料理だった。
ベルゼブブおじさんの厨房に忍び込み、彼女は「パパが元気が出る食べ物」を作ろうとした。
「えっと、栄養があるのは……ドラゴンのお肉? ううん、それはパパには硬いかも。……あ、お米を柔らかく煮た『おかゆ』だね!」
パンドラは、かつて私が彼女に作ってあげた料理を思い出しながら、たどたどしい手つきで火を操った。ルルは横で、吹きこぼれそうになる鍋の熱を「おいしくない」と言いながら吸い取って調整している。
数時間後。運ばれてきたのは、少し不格好だが、温かな湯気を立てるおかゆだった。
「はい、パパ。あーん、して?」
10歳になったパンドラに「あーん」をされるのは、何とも言えない羞恥心があるが、今の私には抵抗する体力はない。
一口、口に含んだ。
その瞬間、じんわりと温かな魔力が全身に行き渡るのが分かった。パンドラが知らず知らずのうちに、「箱」の中に残った最後の希望――『癒やしと安らぎ』の権能を、おかゆに込めていたのだ。
「……美味しいよ。パンドラ、ルル」
『……パパ、笑った。……おかゆ、すごい。……ルルも、あとで、お鍋の残り、食べる』
パンドラとルルが私のベッドの両脇に座り、小さな手で私の手を握ってくれた。
外では、ルシファー様たちが「管理人の容態はどうだ!? 祈祷の炎で学園の森を一本燃やしたが、まだ足りぬか!?」と騒いでいたが、この部屋だけは世界で一番穏やかな時間が流れていた。
翌日。私の熱は嘘のように下がり、体は羽が生えたように軽くなっていた。
タブレットを確認すると、昨日の騒動で溜まった「絶望ポイント」が、魔王たちの焦燥によりとんでもない数値に達していた。
【ログ:管理人の風邪、完治。パンドラの看病による特殊補正。】
【獲得ポイント:+5,000,000P(管理者を失いかけた魔王たちの『本気のパニック』より)】
【パンドラのステータス:スキル『聖母の微笑(物理的治癒)』を習得。】
【管理者コメント:パンドラが作ってくれたおかゆは、神霊薬よりも効きました。ただ、看病の最中にフェンリルが『身代わりに俺を食え!』と庭で咆哮していたのは、流石に近所迷惑だったので後でお説教です】
「パパ、もう大丈夫? 無理しちゃダメだよ。もしパパがいなくなったら、私、世界を全部『セーブ』して止めてやるんだから!」
「ははは……それは困るな。……ありがとう、パンドラ」
管理人のパパ業は、休みがない。
だが、この小さな手がある限り、どんな絶望も、ただの風邪すらも、幸せな思い出の一部に書き換えられていくのだ。
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