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【絶望セーブ】深淵ダンジョンの管理人、捨て子のパパになる 〜最強魔王たちと育てる、パンドラの箱の最後の希望〜  作者: beens
第3章:外界進出・天界宣戦編

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第25話:天界からの休戦協定? 嘘つき天使と、パンドラの『はじめての嘘』

 学園祭での「パジャマ事件」以来、天界の動きは不気味なほど静かになっていた。

 学園の空を覆っていた重苦しい気配は消え、代わりに白銀の鳩が、一通の銀の羊皮紙を運んできた。

「……『和解の儀』、ですか?」

 管理事務所で私が読み上げたのは、天界の外交司を名乗る者からの親書だった。

 これまでの非礼を詫び、パンドラの中に眠る「箱」の力を安定させるための『聖なる祝福』を、学園内の聖堂で授けたいという申し出だ。

「笑わせるな。あの光の羽虫どもが、奪うこと以外の知恵を絞ったというのか。管理人、今すぐその紙を地獄の業火で燃やせ」

 ルシファー様が、不快そうに玉座(の形をした特注チェア)で脚を組む。

「……でも、ルシファーおじちゃん。おじさんたちは、仲良くしたいって言ってるよ?」

 パンドラが、不安そうに私の顔を見上げた。

 彼女は、自分が「厄災の器」として忌み嫌われることを何より悲しんでいた。今回の申し出は、彼女にとって「世界に受け入れられるかもしれない」という、小さな、けれど残酷な希望だった。


 数日後、学園に一人の「特使」が派遣されてきた。

 名を、カシエル。美しい少年の姿をした天使で、その瞳は澄み渡り、言葉のひとつひとつに安らぎの魔力が宿っていた。

「パンドラ様。貴女が抱える『箱』の重みは、私たちが共に背負いましょう。……今夜、聖堂へ来てください。パパや、恐ろしい魔王様たちには内緒で。彼らがいると、聖なる儀式が汚れてしまうからです」

 カシエルはパンドラにだけ聞こえる声で囁いた。

 それは、パンドラにとって初めての「大人同士の約束」のような響きを持っていた。

「……パパには、内緒?」

「ええ。貴女が一人で立派に祝福を受ければ、パパもきっと喜んでくれますよ」

 その日の夕食。パンドラはいつもより口数が少なかった。

「パンドラ、どうしたんだい? 野菜を残すなんて珍しいね」

「……ううん。なんでもないの、パパ。……ちょっと、お勉強を頑張りすぎて眠いだけ。今日は、もうお部屋で寝るね。おやすみなさい!」

 パンドラが階段を駆け上がっていく。

 その背中を見送る私の隣で、ルルが鼻をひくひくと動かした。

『……パパ。……お姉ちゃん、変。……嘘の匂い、する。……カビの生えた、マシュマロみたいな、匂い』

「ルル……。君の嗅覚は、時として残酷だね」

 私は、パンドラが自分から嘘をついたことに、胸が締め付けられるような痛みを感じた。

 だが、娘の成長を信じて、私はあえて「管理者」の権限で彼女を追うのをやめた。……代わりに、フェンリルを影に忍び込ませるのも、今回は我慢した。

 真夜中の聖堂。ステンドグラスから差し込む月光の下で、パンドラはカシエルの前に立っていた。

「さあ、パンドラ様。この『聖なる水鏡』に手を触れてください。貴女の中の『穢れ』を鏡が吸い取ってくれます」

「……うん。おじさん、ありがとう」

 パンドラが鏡に触れた瞬間――。

 ガシャァァァァン!!

 鏡が砕け、鋭い光の鎖がパンドラの四肢を縛り上げた。

「……えっ? あ、痛い……! おじさん、これ、なに?」

「くく……。馬鹿な娘だ。穢れを吸い取る? 違うな、これは『箱』を強制的に抉り出すための抽出術式だ。貴様が死の絶望を味わえば、箱の封印は内側から弾け飛ぶ!」

 カシエルの優しげな貌が、冷酷な狩人のそれへと歪む。

 パンドラの胸元から、禍々しい黒い霧が溢れ出した。彼女が感じた「信頼への裏切り」が、箱を最悪の形で共鳴させてしまったのだ。

「……う、うそ……だったの? 私と、仲良くしてくれるんじゃ、なかったの……?」

「光と闇が混ざるわけなかろう。貴様はただの道具、神の庭を掃除するための――」

「――その言葉。お前の神に、地獄の底で復唱させてやろうか」

 聖堂の重厚な扉が、音もなく粉々に砕け散った。

 そこに立っていたのは、私ではない。

 漆黒の礼服を纏い、六枚の翼を怒りで赤黒く発光させたルシファー様。

 そして、影の中から現れたルルが、すでにカシエルの背後に「胃袋の入り口」を広げていた。

「……パパ……おじちゃん……ごめんなさい、私……嘘を……」

 震えるパンドラを、私は背後から静かに抱きしめた。

「いいんだ、パンドラ。嘘をつくのは、君が誰かを……あるいは自分を、守ろうとした証拠だ。……でもね、パパは悲しいよ。君が一人で傷つくのを許すほど、私は物分かりの良い親じゃないんだ」

 カシエルを一瞥すると、彼は恐怖で腰を抜かした。

「ま、魔王ルシファー!? なぜここに、儀式は秘密だったはず……!」

「秘密? 笑わせるな。管理人のタブレットに『パンドラの心拍数異常』のアラートが……いや、管理人の勘が働かないとでも思ったか?」

 ルシファー様が指を鳴らす。

 聖堂内の聖なる光がすべて「絶望の影」に飲み込まれていく。

『……おじさん。……嘘の味、嫌い。……お姉ちゃんの涙、もっと嫌い。……だから、おじさんは、噛まないで、飲み込む』


 その後、カシエルがどうなったかは、天界の記録からも抹消された。

 ルルのお腹が少しだけ膨らみ、彼女が「……すっぱい」と呟いたことだけが、その結末を物語っていた。

 寮へ帰る道すがら、パンドラは私の手をぎゅっと握って離さなかった。

「パパ。私、もう嘘つかない。……でも、いつか本当に、みんなと仲良くできる日は来るのかな?」

「……来るよ。ただし、それはあんな風に差し出される『偽物の光』じゃない。君が君のままで笑っているうちに、いつの間にか世界が君に片想いしちゃうような、そんな未来だ」

【ログ:パンドラ、初めての裏切りを経験。情緒がレベルアップしました。】

【獲得ポイント:+2,000,000P(天使の身勝手な策略が招いた『自業自得の恐怖』より)】

【パンドラのステータス:スキル『嘘を見抜く瞳』の兆し。】

【管理者コメント:娘の嘘に気づかないフリをするのは、どんな魔王と戦うよりも神経を削りました。今夜はベルゼブブに特製の甘口ココアを用意してもらいましょう】

「パパ、明日の朝ごはんは、私が作るね。……ちょっと失敗しても、怒らないでね?」

「ああ、楽しみにしてるよ。……ただし、包丁を使う時はルシファー様が後ろで10人くらいに分身して見守ることになるけど、我慢してね」

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