第20話:終焉に咲く双華、そして空からの『宣戦布告』
垂直都市に、三度目の「加速の刻」が訪れていた。
ルルという家族が増え、姉妹喧嘩を経て絆を深めたパンドラ。彼女たちの成長速度は、魔王たちの加護と第7階層から溢れ出す濃密な魔素によって、もはや人道の理を外れていた。
――そして、数年の月日が「一瞬」に凝縮される。
「パパ。第4階層の潮位調整、終わったよ。リヴァイアお姉様が、少し深海を広げたいって言ってたから、因果律を 1.2 倍に固定しておいたからね」
管理事務所の扉を開けて入ってきたのは、10歳前後に成長した少女だった。
かつての幼さは影を潜め、その佇まいにはルシファー様の気高さと、上皇様の底知れぬ威厳が同居している。銀髪は腰まで伸び、その瞳には星々を呑み込むような深淵の知性が宿っていた。
「助かるよ、パンドラ。……ルルはどうしたんだい?」
「ルルなら、第3階層でベルゼブブおじちゃんと『新メニュー』の試食中。あの子、最近は鉄鋼ゴーレムまでデザートにしちゃうから、備品が足りなくなっちゃうかも」
パンドラの影から、ニュルリと黒い少女――ルルが顔を出す。彼女もまた、パンドラを一回り小さくしたような美しい少女へと姿を変えていた。
『……パパ、お土産。……天界の偵察機、おいしかった。……これ、残骸』
ルルが吐き出したのは、白銀に輝く「天使の翼」を模したアーティファクトの残骸だった。
「……ついに、来たか」
私の呟きに呼応するように、ダンジョンの天井――すなわち地上を隔てる境界線が、眩い黄金の光に貫かれた。
「汚らわしき深淵の住人どもよ。そして、奪われた『箱』の乙女よ」
空から響くのは、何重にも重なった荘厳な、しかし傲慢な声。
天界の軍勢――『七大天使』の一角が、ついにこのダンジョンの存在を「世界の混沌」として排除しに現れたのだ。
「管理官よ、下がっていろ。これ以上、我が娘たちの昼寝を邪魔させるわけにはいかん」
ルシファー様が、漆黒の翼を広げ、事務所のテラスへと踏み出す。
その隣には、扇子を優雅に弄ぶ上皇様、そして低く唸るフェンリル。
「ルシファーおじちゃん、待って」
パンドラが、静かに前に出た。
彼女は空を見上げ、その小さな指先を黄金の光へと向けた。
「あなたたち、パパのお仕事の邪魔をしないで。……絶望も、希望も、全部私の中に『セーブ』されてるんだから。勝手な書き換えは、禁止だよ」
パンドラが指をパチンと鳴らす。
次の瞬間、天から降り注いでいた聖なる光が、まるでガラスが割れるように粉々に砕け散った。彼女が習得した『審判』と『因果律固定』の権能が、天界の奇跡を「無かったこと」にしたのだ。
「な……!? 人の子が、神の光を消しただと……!?」
「ルルちゃん、お腹空いたでしょ? あのキラキラした人たち、食べていいよ」
『……わかった、お姉ちゃん。……いただきます』
ルルの影が巨大な顎と化し、空を覆った。
天界からの宣戦布告は、パンドラの一言とルルの胃袋によって、わずか数分で「処理」されてしまった。
嵐が去った後の事務所。
パンドラは、またいつものように私の膝元に座り、タブレットの画面を覗き込んでいる。
「パパ。私、もっと外の世界を見てみたい。天界の人たちが言ってた『正しさ』が、どうしてこんなに冷たいのか……私の目で、確かめてきたいの」
「……パンドラ。君が行くなら、魔王たちが護衛に付いていくことになるけど、いいかな?」
「えへへ、それはちょっと恥ずかしいけど……でも、パパも一緒なら、どこまでも行ける気がするんだ」
私は、成長した娘の頭を撫でる。
かつて拾った赤ん坊は、今や地獄を統べ、天界すら畏怖させる「深淵の女王」へと脱皮しようとしていた。
【ログ:パンドラ、およびルルが『成長期』に到達。】
【世界情勢:天界軍、第一陣の壊滅を確認。ダンジョンへの警戒レベルが『神滅級』へ引き上げられました。】
【獲得ポイント:1,500,000P(神への恐怖より)】
【管理者コメント:娘たちが反抗期ではなく、天界への対抗期に入ったようです。パパの仕事は、これからさらに忙しくなりそうです】
「さあ、パンドラ、ルル。旅の準備を始めようか。まずは……君たちの『家庭教師』として、地上に潜伏している賢者でも捕まえに行こうか」
「「はーい、パパ!」」
二人の少女の笑い声が、地獄の底から天の果てまで、高らかに響き渡った。
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