間話:階層主たちの秘密会議 〜パパには内緒のプレゼント〜
垂直都市の管理人が、パンドラと新入社員のルルを連れて第1階層へ「ピクニック」に出かけていた、ある午後のこと。
普段は各階層に引きこもっている最強の主たちが、第4階層・リヴァイアサンの居城である『静謐なる深海庭園』に集まっていた。
「……集まったな、同胞たちよ」
重厚な声を発したのは、第2階層の主、巨神テュポーン。
数千の蛇の頭を持ち、神々を震撼させた伝説の怪物だが、今の彼はパンドラのために特注された「幼児用テーブル」に窮屈そうに座り、小さなティーカップを器用に指先でつまんでいた。
「管理人殿は席を外しているな? あの方は融通が利かん。パンドラに『刺激が強すぎる』だの『教育に悪い』だのと言って、我らの真の力を籠めた貢ぎ物をすぐに没収してしまうからな」
「全くだ。我ら階層主が、一介の管理人に怯えて過ごすなど、数千年前の私が聞いたら憤死するだろうよ」
鼻を鳴らしたのは、第3階層の主、ベルゼブブ。
かつては『暴食』を司る醜悪な魔王として恐れられたが、現在はパンドラの離乳食からおやつまでを手掛ける「地獄の総料理長」としての地位を確立している。今日の茶菓子も彼の特製だ。
「それで、テュポーン。貴公は何を用意したのだ? 前回の『生きた毒蛇の縄跳び』は管理人に即座に焼却されていたが」
「……ふん。今回は完璧だ。これを見ろ」
テュポーンが巨大な手のひらを広げると、そこには1ミリの狂いもなく彫刻された、小さな「管理人の木彫り人形」があった。
「パンドラは管理人が大好きだからな。これに私の権能を少々込め、パンドラが危険にさらされた瞬間に『全自動で敵を次元の彼方へ吹き飛ばす爆弾』に変貌する。これなら管理人も文句はあるまい」
「あるに決まっておるだろう。爆発したらパンドラのドレスが汚れるではないか」
呆れたように口を出したのは、ティーパーティの主催者、リヴァイアサンだった。
彼女は巨大な海蛇の姿を捨て、今は銀髪の物静かな女性の姿で椅子に腰掛けている。
「私など、第4階層の最深部でしか採れない『星の涙の真珠』を磨いて、ルルちゃんの分も合わせて二つのネックレスを作ったわ。これはね、持ち主が泣くと『半径100キロの海水を沸騰させて周囲を壊滅させる』という、ささやかなお守りよ」
「貴様ら、物騒すぎるのだ……」
ベルゼブブが溜息をつく。
「私は、ルルちゃんがパンドラの予備の食器まで食べてしまうと聞いたからな。第7階層の『深淵の粘土』を練り込み、いくら食べても再生し、しかも食べるたびに魔力が回復する『永久栄養ビスケット』を開発した。これなら教育的だろう?」
『……我、の、触手……。……パンドラ、の、抱っこ紐、に、した……。……自動、で、悪い、虫、叩き落とす……』
天井からクトゥルフ様がヌルリと降りてきて、粘液でコーティングされた「多機能抱っこ紐」を披露した。
「……皆、パパ(管理人)にバレないよう、どう渡すかが問題だな」
テュポーンが重々しく頷く。
彼らは、自分たちがパンドラを「甘やかしすぎている」という自覚は微塵もない。ただ、管理人がパンドラの安全を第一に考えるあまり、彼女の周囲をあまりにも「普通」にしようとしていることが、彼らには不満だった。
「パンドラは地獄の希望。ならば、彼女が手に取るものはすべて、世界を揺るがす至宝であるべきだ」
「その通りだ。……おっと、パンドラたちの気配が戻ってきたぞ!」
最強の魔王たちが、慌ててテーブルを片付け、証拠を隠滅する。
数分後。管理事務所に戻ってきたパンドラが、トコトコと彼らのもとへやってきた。
「あ! おじちゃんたち、みんないる! ねえねえ見て、ルルちゃんと一緒に『きれいないし』拾ったの!」
パンドラが差し出したのは、そこら辺に落ちていた、ただの河原の小石。
しかし、それを見た階層主たちは、一斉に感涙にむせんだ。
「おお……なんと美しい……! 管理人の手によって磨かれた石よりも、パンドラが選んだその石こそが至高!」
「これこそ宇宙の真理! すぐに第2階層の宝物庫に飾るゆえ、私に譲ってくれパンドラ!」
「抜け駆けは許さんぞ、テュポーン!」
結局、彼らが用意した「世界を滅ぼしかねないアーティファクト」たちは、パンドラが拾った「ただの石」の輝きに敗北し、再び隠し場所へと戻されることになった。
物陰で見守っていた管理人は、タブレットを操作しながら溜息をつく。
【ログ:階層主たちが密談をしていたようですが、パンドラの笑顔により未然に『世界崩壊級の贈り物』が阻止されました。】
【管理者コメント:彼らのセンスが『物騒』の域を出るには、あと数万年はかかりそうです。さて、夕飯の準備をしましょうか】
パンドラを巡る、過保護すぎる魔王たちの日常。
それは、管理人の知らないところで今日も密かに、そして騒がしく繰り返されている。
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