第18話:垂直都市の『新入社員』? 拾われた魔王の幼生とパンドラの姉貴分
垂直都市の管理業務には、時として「出所不明の迷子」が紛れ込むことがある。
大抵は迷い込んだ勇者か、階層主の食べ残し(の骨)なのだが、今回のケースは極めて稀な代物だった。
「……パパ、これ、なあに? まっくろで、ぷにぷにしてるよ」
管理事務所のデスクの上。パンドラが指差す先には、直径30センチほどの、漆黒の粘液状の「塊」が鎮座していた。
それは時折、心臓のようにドクンと脈打ち、周囲の魔力をじわじわと吸い取っている。
「これはね……『魔王の幼生』だね。何万年に一度、深淵の濃縮魔力が意志を持って固まったものだよ。どうやら第7階層のゴミ捨て場……じゃなかった、アザトース様の寝床の隅っこで自然発生したみたいだ」
私がタブレットで鑑定すると、種族名は『原初の暴食』と出た。放っておけば階層一つを丸飲みしかねない厄災の種だ。
「この子、お腹空いてるのかな? ほら、私のおやつのクッキー、あげる!」
パンドラがクッキーを差し出した瞬間、黒い塊から「バクッ!」と巨大な口が出現し、クッキーどころかパンドラの手が持っていたお皿まで一瞬で粉砕・吸収してしまった。
「……あ、食べた! パパ、この子すっごく食いしん坊だよ!」
「管理人、何を拾い上げてきた。そんな不気味なナマモノ、パンドラの教育に悪い。今すぐ私が素粒子レベルで分解してやろう」
案の定、ルシファー様が翼を広げてやってきた。彼の後ろには、新しい「遊び相手」を警戒するフェンリルと、興味深げに触手を伸ばすクトゥルフ様もいる。
「待ってください。パンドラがこの子を『お世話したい』って言ってるんです。情操教育の一環として、この幼生をダンジョンの『見習い社員』として採用しようかと思いまして」
「……お世話? パンドラが、この私以外の世話を焼くだと?」
ルシファー様のプライドに火がついた。だが、パンドラの「おねがい、きらきらおじちゃん!」という上目遣いの一撃に、彼は一秒で膝をついた。
「……くっ。よかろう。ただし、この私が完璧な『魔王』へと仕立て上げてやる。パンドラの手を煩わせるような無能なペットは必要ないからな」
命名:ルルちゃん
「あなたの名前は、『ルル』ね! 私が今日からお姉ちゃんだから、悪いことしちゃメッだよ!」
パンドラがルル(幼生)の頭(らしき場所)をぺちぺちと叩く。
すると、ルルはパンドラの魔力を感じ取ったのか、ぷるぷると震えながら小さな「女の子」の形に擬態し始めた。パンドラを少し幼くしたような、漆黒の髪と紫の瞳を持つ幼女の姿だ。
『……あ……ぅ……お、ねぇ、ちゃ……』
「わぁ! 喋った! パパ、見て! ルルちゃん、私のことお姉ちゃんって呼んだよ!」
その瞬間、事務所内の温度がマイナス100度まで急降下した。
ルシファー様と上皇様の「嫉妬」の魔圧である。
「……お姉ちゃんだと? パンドラをそんな風に呼んでいいのは、宇宙で私だけ……いや、私はおじちゃんだが……とにかく許せん!」
「落ち着け堕天使よ。これは好機だ。パンドラにお姉ちゃんとしての自覚を持たせ、我らが『じーじ』として二人をまとめて可愛がればよいのだ……ククク」
早速、パンドラお姉ちゃんによる「新入社員研修」が始まった。
場所は第3階層、ベルゼブブおじちゃんのハエたちが散らかした「謎の残骸」の清掃だ。
「ルルちゃん、いい? お仕事はね、こうやって『綺麗にする』ことなんだよ!」
パンドラが手本を見せるように、手から浄化の光を放つ。
対するルルちゃんは、大きく口を開けた。
ズズズズズ……!!
清掃どころか、ゴミ、床のタイル、さらには近くを飛んでいた巨大ハエまで一気に吸い込み、胃袋(異空間)へと放り込んでしまった。
「あーっ! ルルちゃん、食べちゃダメって言ったでしょ! メッ!」
パンドラが例の『物理説法』でルルちゃんの頭を拳でグリグリする。
普通の魔物なら頭蓋が砕ける一撃だが、ルルちゃんは「ひぅん……」と情けない声を出しながら、飲み込んだタイルだけを律儀に吐き出した。
「……管理人。あの新人はパンドラに完全に調教されているな」
「みたいですね。最強の『暴食』が、パンドラの一言でダイエットを始めるとは」
夜。管理事務所には、私の膝の上で眠るパンドラと、そのパンドラの足元で丸まって眠るルルちゃんの姿があった。
「パパ……明日も、ルルちゃんと……遊ぶの……」
寝言で微笑むパンドラを見て、私は溜まっていた残業書類をそっと脇に置いた。
一人でも大変だった育児が、二人になった。しかも、一人は全宇宙を滅ぼす「箱」の娘で、もう一人はすべてを喰らい尽くす「暴食」の幼生だ。
だが、パンドラが「お姉ちゃん」として成長しようとする姿は、この殺伐とした地獄の垂直都市に、また新しい風を吹かせている。
【ログ:新入社員(?)『ルル』を採用しました】
【パンドラのステータス:称号『頼れるお姉ちゃん』を習得】
【現在の絶望ポイント:-50,000P(ルルが備品を食べたため、修理費として相殺)】
【管理者コメント:食費がこれまでの3倍になりそうですが、パンドラの笑顔には代えられません。明日からはもっと効率的に勇者を絶望させようと思います】
「……さて、ルシファー様。ルルちゃん用の『食べても壊れない食器』、特注でお願いしますよ」
「ふん、言われるまでもない。ついでにパンドラとお揃いのドレスも用意してある」
こうして、管理人のパパ業は、ますます賑やかで、ますます胃の痛い日々へと突入していくのだった。
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