第11話:女王(5歳児)の初仕事! 迷い込んだ勇者を『おもてなし』せよ!
「パパ、第1階層に『新規のお客様』が4名だよ。聖騎士1人に、魔術師が2人、それから……あ、美味しそうな匂いのするスカウトが1人!」
管理事務所のモニター(魔鏡)を覗き込みながら、パンドラが銀髪を揺らして跳ねた。
かつての赤ん坊は今、私の腰のあたりまでの背丈になり、ルシファー様直伝の「優雅な所作」と、クトゥルフ様から受け継いだ「深淵の気配」を纏っている。
「パンドラ、お仕事中だよ。お客様を『美味しそう』なんて言わない。それはベルゼブブおじさんの悪い癖だ」
「はーい。……えへへ、でもねパパ、私、今日は自分でおもてなししてみたいの!」
彼女が背中の小さな黒い翼をパタパタさせると、周囲の空間に細かな亀裂が走り、死霊たちが恐怖で霧散する。5歳にしてこの霊圧。管理官としては誇らしいが、父親としては将来が不安で仕方ない。
「……いいだろう。ただし、相手は一応『勇者候補』だ。殺しちゃダメだよ? 絶望させて、ちゃんとセーブポイントまで導く。それが私たちの仕事だ」
「わかってるよ! 『絶望は、最高のスパイス』でしょ?」
彼女はどこで覚えたのか不敵な笑みを浮かべると、愛用の「ピコピコ鳴る聖遺物(元アヒルの人形)」を手に、第1階層へと転移していった。
第1階層『怨嗟の竹林』。
霧の奥から現れたのは、聖王国最強と謳われる『銀翼の騎士団』の精鋭たちだった。
「慎重に進め。ここは怨念が物理的な重圧となって襲ってくる地獄だ……」
リーダーの聖騎士が剣を構え、周囲を警戒する。だが、その緊張は一瞬で「困惑」へと変わった。
「こんにちは、お兄さんたち! 遠いところからようこそ!」
竹林の奥からトコトコと歩いてきたのは、恐ろしい怪物ではなく、フリルたっぷりのドレスを着た愛くるしい少女だった。
「な……子供!? なぜこんな場所に!?」
「もしかして、魔王に捕らわれた生贄か? 案ずるな、今助けてやる!」
騎士が駆け寄ろうとした、その時だ。
パンドラがにっこりと微笑み、手に持っていたアヒルの人形を――「ピコッ」と鳴らした。
ズゥゥゥゥゥン……!!
その瞬間、竹林のすべての竹が逆立ち、空が血の色に染まった。パンドラの背後から、実体化した「絶望の奔流」が巨大な影となって立ち上がる。
「……え?」
騎士たちの動きが止まる。いや、止まったのではない。あまりの恐怖に、心臓が打つのを忘れたのだ。
「パパがね、お客様には『お土産』をあげなさいって言ってたの。これ、じーじと一緒に作った『お守り』だよ。受け取って?」
パンドラが差し出したのは、崇徳上皇の呪いが凝縮された「藁人形」だった。
受け取った魔術師の手が、瞬時にどす黒く変色していく。
「ぎ、ぎゃあああああ!? 腕が、腕が腐っていく……! これ、お守りじゃない、ただの『終焉の呪い』だぁぁ!!」
「あれ、いてて?大丈夫?」
パンドラは首を傾げ、今度はルシファーから教わった「回復魔法」を唱えた。
「いたいのいたいの、とんでけー!(強制因果復元)」
シュパァァァン! と、魔術師の腕が治癒する。だが、それは単なる治癒ではない。細胞が超高速で再生・死滅を繰り返す、拷問に近い「過剰治癒」だ。
「ヒィッ、ひ、あがぁぁ……! 殺してくれ、いっそ殺して……!」
「えぇ、せっかく治してあげたのに、どうして泣くの? 」
パンドラの瞳には、純粋な「善意」しかない。
それが一番の恐怖だった。彼女にとって、地獄の業火は「暖かい暖炉」であり、呪いの言葉は「心地よい子守唄」なのだ。住む世界が違いすぎる。
「もしかしてお腹空いてる? ベルゼブブおじちゃんから貰ったおやつ、あるよ!」
彼女がポケットから取り出したのは、常に悲鳴を上げ続けている「生きた臓器の砂糖菓子」だった。
「ひ……ひぃぃぃっ! 出してくれ! ここから出してくれぇぇ!!」
聖騎士たちは武器を投げ捨て、なりふり構わず入り口へと逃げ出した。
「あ、待って! まだセーブしてないよ! 絶望が足りないと、また最初からやり直しになっちゃうんだから!」
パンドラは無邪気に追いかける。
逃げる勇者。追う5歳児。その背後では、孫の初仕事を心配そうに見守っていた崇徳上皇とルシファーが、「うちの子、天才じゃないか?」「ああ、おもてなしの才能に溢れている」と親馬鹿全開で頷き合っていた。
数分後。
管理事務所のモニターに、鮮やかな文字が躍る。
【ログ:新規侵入者4名、精神崩壊によりセーブ完了。】
【獲得ポイント:120,000P(初仕事ボーナス適用)】
「パパ、ただいま! みんな、すっごく喜んで(絶叫して)帰っていったよ!」
パンドラが事務所に飛び込んできて、私の膝に抱きついた。
「よく頑張ったね、パンドラ。でも、おやつを無理やり食べさせるのは、もう少し仲良くなってからにしようか」
「むぅ、せっかく美味しいのに……。あ、パパ! 次は第2階層の『嵐の滑り台』で遊ばせてあげてもいい?」
彼女の瞳はキラキラと輝いている。
かつて「希望」と呼ばれた彼女は、今やこのダンジョンの誰よりも恐ろしく、そして誰よりも愛らしい運営者になろうとしていた。
私は彼女の頭を撫でながら、ふと思う。
パンドラの箱の最後に残った希望。それは、人間を救う光ではなく、「絶望の果てに残った、乾いた笑顔」のことだったのかもしれない、と。
「……さて、パンドラ。溜まったポイントで、君の新しい制服を買おうか。それとも、わんわんの新しいブラシにする?」
「制服! ルシファーおじちゃんとお揃いの、カッコいいやつがいい!」
笑いと、涙(勇者の)と、恐怖が入り混じる地獄の日常。
管理人のパパとしての戦いは、これからが本番のようだった。
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