アシェラの助言
質素な室内だった。
石の壁。木の椅子が二つ。石のテーブルが一つ。壁一面に粘土板が積まれた棚。外の粘土板の山も相当な量だったが、室内はさらに密度が高い。床にまで粘土板が積まれ、通路と呼べるのは人一人がかろうじて歩ける幅だけだ。天井は低い。背の高い人間なら頭をぶつけるだろう。だがこの家の主は——背筋こそ真っ直ぐだが、大柄ではない。この天井の高さで十分なのだ。
奥に、老人が座っていた。
白い髭。長く、胸元まで届いている。丁寧に手入れされているが、飾り気はない。穏やかな目。深い灰色の瞳が、蝋燭の光を受けて静かに光っている。全てを見通すような——あるいは全てを見飽きたような目だった。肌は日に焼けた褐色で、皺の一つ一つが年月を刻んでいた。素朴な長衣を纏い、王冠も宝飾もつけていない。庭師か、羊飼いのような風貌。ウガルの市場で擦れ違っても、誰も振り返らないだろう。
手に、粘土板を持っていた。刻み針で文字を刻んでいる最中だったらしい。アシュタルが入ってきても刻む手を止めなかった。最後の一文字を刻み終えてから、ゆっくりと顔を上げた。急がない。何千年もの間、急いだことがないような所作だった。
「座りなさい」
椅子を示した。木製の、背もたれのない素朴な椅子。テーブルの反対側に置かれている。客用だ。三百年前に最後の客が座ってから、ずっとここにあったのだろうか。
アシュタルは座った。石のテーブルを挟んで、老人と向き合う形になった。テーブルの上には粘土板が数枚、刻み針が一本、そしてインクの壺のようなものが置かれている。商人のテーブルと似ている。道具が整然と並んでいる。仕事をする人間——いや、神の机だ。
エルが茶を淹れ始めた。
小さな土器の鍋に水を注ぎ、火にかける。火は石の台の上で燃えている。薪ではない。何もないところから炎が出ている。神力だろう。だがエルはそれを特別なこととして扱わない。日常の所作の一部だ。乾燥した葉を指でほぐし、鍋に入れる。穏やかな手つきだった。
世界を作った神が、茶を淹れている。
違和感があった。だが同時に——妙にしっくりくる。この質素な石の家に、この穏やかな老人に、茶を淹れるという日常の所作が似合っていた。壮大な宮殿で玉座に座る創造神より、小さな石の家で茶を淹れる老人の方が——なぜか怖い。威圧がないからこそ、底が見えないのだ。
待っている間、アシュタルは観察した。商人の習慣だ。初対面の相手は全身を見る。服装、所作、目線の動き、手の形。そこから情報を引き出す。
エルの手が目に留まった。大きな手だった。節くれだっている。労働者の手だ。だが粘土板を刻む時の指は精密だった。一画一画に迷いがない。何千年もの間、記録を続けてきた手だ。何かを「創る」手だと、一目で分かる。「何かを創る手」を見たのは初めてではない。ウガルの港で、船大工の手を見たことがある。木を削り、船を組み上げる職人の手。だがエルの手は船を作る手ではない。世界を作った手だ。
茶が出た。素焼きの杯に、薄い琥珀色の液体。香りは山の草のような、乾いた風のような匂い。ウガルの市場で飲む茶とは全く異なる香りだった。
アシュタルは杯を受け取った。一口飲んだ。苦みの後にかすかな甘み。喉を通る時にほのかな温もりが広がった。悪くない。むしろ美味い。四日間の山歩きで乾ききった体に、温かい茶がしみ込んでいく。
エルも茶を飲んだ。穏やかに。急がない。
沈黙が流れた。
エルはアシュタルを見ていた。何も聞かない。ただ見ている。灰色の瞳が、アシュタルの全身を——いや、全存在を透かし見るように動いている。帳面も、ペンダントも、右手首に巻いた布の下の「捧げもの」の印も、一瞬で見抜いているような目だった。商人は目利きの目を持つが、この老人の目はその比ではない。品物ではなく、人間そのものを値踏みしている。
だがアシュタルも観察している。エルの目の動きを。杯を持つ手の角度を。微笑みの形を。全てが情報だ。商人は相手の情報を読み、自分の情報を制御する。ここは戦場だ。剣と盾の戦場ではなく、情報と言葉の戦場だ。
沈黙の中で、互いに値踏みをしていた。
エルが口を開いた。
「タグムの子よ。お前のペンダントには見覚えがある」
アシュタルの手が無意識にペンダントに触れた。胸元の銅の板。祖父の形見。一族の証文。
見覚えがある。知っているのだ。このペンダントを。三百年前に作ったか、あるいは渡したか——いずれにせよ、このペンダントの由来を知っている。
この穏やかな老人が、世界を作った神だ。
そして——僕の一族に「捧げもの」の印を刻んだ張本人かもしれない。
商談を始めなければならない。創造神を相手に。
杯を置いた。帳面を取り出した。白紙のページを開いた。
始めよう。




