沈黙の食卓
朝日が帳面を照らしていた。
新しいページを開いた。上部に大きく「棚卸し」と書いた。商人の在庫確認。全ての持ち札を並べ、何が使えるか、何が足りないかを洗い出す。昨夜の絶望は消えていない。だが朝が来たなら動ける。朝が来ても動けないのは死人だけだ。アシュタルはまだ生きている。
持ち札の一覧。
一、バアル帰還を導いた実績。これは「信用」になる。神々の世界で、人間がバアルを取り戻す手助けをしたという事実は前例がない。前例のない実績は——高く売れる。
二、捧げものの印。右手首の内側にある銀色の円環紋様。正体は完全には分かっていない。だがバアルとモトの力に反応し、アナトの力が触れた時には光の筋を生んだ。何かの力がある。何の力かは分からないが——ないよりはましだ。
三、モトの真意に関する情報。アシェラとヤムから得た断片的な情報。モトが欲しいのはバアルの体ではなく力。冥界を維持するためにバアルの力が必要だという逆説。これは「切り札」になりうる。
四、粘土板の破片。冥界への旅路で入手した古い粘土板の欠片。文字の一部しか読めないが、何かの契約書の断片のようだった。
五、銅のペンダント。
ペンダントを手に取った。祖父の形見だ。ずっと首にかけていた。旅の間も、嵐の中でも、冥界の門の前でも。肌身離さず持っていたが——「手札」として意識したことはなかった。
摩耗した表面。長い年月で角が丸くなり、元の形が分からないほど擦り減っている。何かの文字が刻まれているように見えるが、摩耗がひどくて判読できない。
だがエルに会えば——この形見の意味が分かるかもしれない。祖父の形見。一族に代々伝わったもの。「捧げもの」の印を持つ一族に——なぜこのペンダントが伝わっているのか。偶然か、必然か。
棚卸しの結論を書いた。
エルに会うべきだ。
持ち札は少ない。だがゼロではない。バアル帰還の実績は「信用」になる。ペンダントは「名刺」になるかもしれない。捧げものの印は「話題」になる。モトの真意に関する情報は「交渉材料」だ。
少ない手札だが——手札の数で勝負が決まるなら、商人という職業は成り立たない。手札が少ない時こそ、使い方が問われる。
帳面を閉じた。
「最後のテーブル」——エルに商談を仕掛ける。
最後の一枚。祖父の形見のペンダント。これが「最後のテーブル」への切符になるかもしれない。
エルに会いに行く。




