刻んだ者の影
久しぶりの家族の食卓だった。
皿の数は変わらない。父タグム、母、弟ヤリム、そしてアシュタル。四人分の皿が並んでいる。いつもの食卓。いつもの配置。父が上座、母がその隣、弟と兄が向かい合わせ。何百回と繰り返してきた並びだ。
だが——空気が微妙に違っていた。嵐で入荷が滞っているから、食卓は質素だ。干し肉の塩漬け、塩漬けのオリーブ、硬い麦のパン、薄い豆のスープ。母が朝から時間をかけて仕込んだものだが、素材に限りがある。
ヤリムが食べ物を口に運んだ。
干し肉の塩漬け。母が丁寧に塩を揉み込んだもの。弟の口が動き、咀嚼し——一瞬、止まった。
目が見開かれた。十四歳の少年の目が、丸く見開かれた。
そして——微笑んだ。
ヤリムの口が動いた。声にはならない。もう百五十日以上、声が出ない。だが口の形ははっきりしていた。読唇は兄の得意技だ。商談の席で、相手の囁きを読み取る訓練は何百回もした。
「塩の味がする」
母が泣いた。
箸を落とし、両手で顔を覆った。声を殺して泣いた。肩が震えている。食卓の上の干し肉がぼやける。母の涙が——アシュタルの目にも映って、視界が少しだけ滲んだ。
タグムも目を伏せた。大きな商人の手が、テーブルの下で拳を握っていた。父は泣かない。泣かない代わりに拳を握る。それが父の泣き方だ。
アシュタルは笑顔で返した。商人の笑顔だ。どんな場面でも笑える訓練をしてきた。だが今は——訓練とは関係なく、笑顔になった。
「良かったな、ヤリム」
弟が嬉しそうに頷いた。目が輝いている。百五十日ぶりに味がするのだ。塩の味。たった塩の味だ。だが——百五十日間、何を食べても砂を噛むようだった弟にとって、塩の味は世界の色が戻ったに等しい。
だが——アシュタルの商人の目は同時に観察していた。
ヤリムは「塩の味がする」と言った。塩。最も強い味だ。最も単純で、最も濃い味覚刺激。微妙な味は——まだ分からないのだろう。オリーブの渋み、パンの甘み、スープの旨味。そういった繊細な味は感じ取れていないかもしれない。
味覚は「回復」しているが「完治」ではない。
声も出ない。口の形で伝えることしかできない。触覚も——弟がスプーンを握る手つきが、以前より不器用だった。力加減が分からないのだ。強く握りすぎたり、滑らせたりしている。
緩和であって、完治ではない。バアルが帰還したことで、モトの呪い——いや、「捧げもの」の印の影響が弱まっている。だが完全には解けていない。何かが残っている。
食事が進んだ。母の手料理。贅沢ではないが、家族で食卓を囲むこと自体が贅沢だった。アシュタルが冥界への旅に出る前も、帰ってからも、こうして四人で食卓を囲めること。それだけで十分なはずだ。
ヤリムが二杯目のスープを飲んだ。今度は首を傾げた。口が動いた。
「これは——分からない」
スープの味は分からないのだ。塩が効いた干し肉は感じ取れても、薄味のスープは感覚に届かない。弟の顔にかすかな失望が浮かんで、すぐに消えた。十四歳の少年は、失望を見せることにも慣れてきていた。
食後、タグムが渋い顔で切り出した。腕を組み、食卓に肘をつく。父がこの姿勢を取るのは、商売の話をするときだ。
「港の被害は聞いている。取引先のハダルから苦情が来た。穀物の出荷が止まっている。ハラブへの交易路も橋が落ちて使えん。塩田も全滅だ」
「分かってる」
「お前が嵐神を連れ戻したせいだとは言わん。だが——」
言葉を飲み込んだ。父の目が複雑だった。息子が冥界から嵐神を連れ戻すという途方もないことを成し遂げた。その誇り。だが同時に、その結果として港が壊れ、商売が止まっている。誇りと渋面が、父の大きな顔の上に同居していた。
「分かってる」
同じ言葉を繰り返した。それしか言えなかった。父に何と言えばいい。「正しいことをした」と言えば、沈んだ船の船主が聞いたら怒るだろう。「すまない」と言えば、弟の味覚が戻りつつあることを否定することになる。
どちらも言えない。だから「分かってる」しか言えない。
食器を片づけた。母は台所で背中を向けていた。泣いたあとの目を見せたくないのだろう。だが背中が——嬉しそうだった。母の背中は正直だ。
片方に弟の笑顔、もう片方に港の惨状。天秤だ。どちらも現実で、どちらも自分がもたらした結果だ。バアルを連れ戻した結果、弟の味覚が戻りつつある。バアルを連れ戻した結果、港が壊れた。同じ行為の表と裏だ。
ヤリムが寝る前に、兄の部屋に来た。
兄の手を握った。温かかった。以前は——弟の手は冷たかった。「生ける死人」の症状の一つだ。体温が低い。手が冷たい。それが——温かくなっている。
だが声はまだ出ない。味覚は塩が分かる程度。触覚は不器用だ。
完治ではない。
何かがまだ足りない。バアルを連れ戻しただけでは解けない、古い契約の何かが——まだ残っている。
弟の手を握り返した。
「おやすみ、ヤリム」
弟の口が動いた。
「おやすみ」
声にならない言葉。だがその口の形だけで——十分だった。十分だと、思うことにした。
弟が部屋を出た後、アシュタルは帳面を開いた。帳面の片隅に書いた。
塩の味——回復。声——未回復。触覚——部分的。体温——回復。
完治の条件は——まだ分からない。




