第91話
「さて、俺の価値ってことで良いんだよな?」
極彩色の魔力に飲み込まれた九十九の身体はボロボロであったが、意識は保っていた。
しかし、すべての力を出し尽くしてしまったが故に、これ以上の戦闘は困難だった。
そんな九十九に対して、律は問う。
「……ああ、私の負けだよ。これ以上の戦闘続行は不可能だ。運命の魔人マラコイデス――やはり、お前は変わらないな」
「詳しいことはわからない。だけど、これがアンタの望んだことなのか?」
「そうだ。私の役目は果たした。いや――――最後にひとつやり残したことがあるな」
そう言うと九十九がゆっくりと立ち上がる。
その姿に近くにいたアルトリウスが剣を構えるが、律は腕を伸ばし制止する。
「大丈夫だ、アルトリウス」
怪訝な表情を浮かべるアルトリウスだったが、律の表情を見て素直に引き下がる。
「どうやら全てを見たようだな?」
「まあ……見覚えのない記憶があるっていうのは気持ち悪いが、概ね理解できた」
その言葉を聞き、九十九はただ一言「そうか」と呟く。
そして、少しの沈黙の後に九十九は口を開く。
「魔女が生まれる世界を否定し、新たな世界を創造した意義はあったと思うか?」
「正直、わからない。だけど、ひとつの悲劇を回避できたのなら意義はあったんじゃないのか。何よりも姉さんが人として生きていることが証拠だろう。それはアンタも思っているはずだ」
「……そうだな。桜目雪が魔女にならない世界が此処にある。それだけで桜目律の選択は間違いではなかったのだろう」
律と九十九の間で交わされる言葉。
それに首を傾げながら聞くアルトリウスの元に、マーリンとエリスティマ、雪がやって来る。
「さて、アルの手で仕留められなかったことは残念だが、勝ちは勝ちだ。この世界ももうすぐ壊れてしまうと見て良いのかな?」
「そうだな、キングメイカー」
マーリンの問いに、九十九は頷く。
そんな中、雪が九十九へ問い掛ける。
「アナタは……律なの?」
「――――さて、それは君の想像にお任せしよう。今の私の名は九十九だ。それ以上でも、それ以下でもない。ただ……君が人としての生を謳歌していることには嬉しく思う」
雪へ優しい声音で告げる九十九だったが、直ぐに表情を引き締め、律へと向き直る。
「桜目律。お前に私の全てを継承させる」
「……あの時と同じようにか?」
「そうだ。これから訪れる脅威に対抗する手段となるはずだ」
「そうだな。だけど、いずれ彼方へ至る道を使う気はないからな」
律が告げた長文詠唱魔法の名を聞き、九十九は目を見開く。
「いずれ彼方へ至る道か。確かに、使わないことに越したことはない。たが――――」
「その時は、まあ……考えるよ」
「ふん……では、はじめよう」
右掌を律へと向けて差し出し、九十九は詠唱をはじめる。
「執念と願いは永久に巡り続け、その目的を果たすまで止まることは許されない。全ての決意と意志は、いずれひとつの結末を紡ぐ呼び水となることを願う。積み上げられた因果の果てに、最善の結末を――|途絶えぬ記憶を継承せよ《スターチス》」
律の身体を包むように、金色の粒子が集う。
その粒子は溶け込むように律の身体の中へと消えていった。
「さて、これで私の役目は終わりだ」
そう告げた九十九の身体は半透明となっていた。
「……手間を掛けたな」
「まったくだ。だが、お前はそれで良い。最後に助言だ」
消えていく中で、九十九は口を開く。
「これから訪れるのは激動の時代だ。異能と異世界、そして訪れる脅威が顕わとなった時、人間は愚かな行いを推し進めるだろう。人間は自身と異なるものを排斥する生き物。だが、今のお前なら大丈夫のはずだ。宇宙より訪れる収獲者を前に、お前がどのような選択をするのか――楽しみにしている」
かくして九十九の姿は消えてなくなった。
同時に周囲に広がっていた世界は消失し、元の風景に戻る。
先ほどまで九十九が立っていた場所を見つめながら、律は一言呟く。
「さようなら、桜目律。君の旅はようやく終わったよ」




