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かくして秋雨は降る  作者: 霜月風炉
第三章

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80/116

第80話

 彼女たちに何を託されたのか――その言葉を聞かされても、律は何ひとつ覚えがなかった。

 そもそも九十九の言う彼女たちとは誰なのか?

 律の交友関係は広くない。

 特に女性との関係は特別少ない。

 だからこそ、あまりにも身に覚えのないことを告げられても、律には理解できなかった。

 呻きながら、顕わとなったその仮面の下にあった九十九の顔を見た。


「――――」


 そこには律自身の顔があった。

 同時に九十九のこれまでに言った言葉の数々に合点がいった。


(……なるほど、アイツは、俺だから……俺のことをよく知っているってワケか)


 倒れたまま、その素顔を晒した九十九を見て、律は思う。

 己の身に宿る不死性により、砕けた背骨が再生し終える。

 断絶した筋肉も接合され、身体も万全となっている。

 しかし、即死によって齎された激痛は精神を蝕むには十分だった。

 立たなければならない――それは律もわかっている。


(身体が動かない。いや、動くことを拒否しているのか?)


 九十九が何かを言っている。


(アンタの知っている桜目律は別人だよ)


 律に執着する九十九は、『桜目律』という人間に並々ならぬ期待を寄せていることはわかる。

 しかし、それはここにいる律と九十九の知る『桜目律』は別人だ。

 たとえ遺伝子レベルで同一であったとしても、世界が異なれば別の人物と言っても過言ではないだろう。

 律と九十九が同一存在かと問われれば、律を知る者たちは否と答えるだろう。


(……俺は、何ができる?)


 金之業が使えるとは言え、その練度は当主である鈴音には及ばない。

 それ以外の取り柄があるかと言えば、何もない。

 たまたま姉である雪と鈴音の仲が良く、その恩恵を享受していただけに過ぎない。


(このまま意志を飛ばしてしまえば……)


 きっと楽になるだろう――暗転していく視界。

 このまま闇へと落ちていこう。

 だが、それは三つの声によって遮られた。


『そんな姿のアンタは見たくなかったわね』

『ま、それはリリィっちに同感だにぃ』

『まあまあ、こちらの彼は私たちの事情を知らないのだから仕方ないでしょう?』


 強気を感じる声。

 陽気で子供っぽい声。

 おっとりとした大人の雰囲気がある声。


『ま、個人としても私を討ったのだから、この程度でくたばってもらうのはいただけないのだがね?」


 カッコよさを感じる女性の声。


『会話はできないから、一方的にアタシたちの言葉を投げつけるだけになるのだけど……ま、あんな拗らせた馬鹿なんてちゃっちゃとやっつけちゃいなさい』

『そうだにぃ。あんな奴に後れを取るのはいただけないにぃ』

『そういうこと。私たちの力は既に君の中にあるのだから、後れを取る理由にはならないわ』


 頭の中に響く声。

 随分と好き勝手言ってくれる――律は思う。

 この声がただの幻聴なのかは知らない。

 ただ、悪い気はしない。

 それどころか何処か懐かしさすら律は覚えた。


『私たちの世界――未来は君の手によって訪れることはなくなった。ひとつの悲劇は君の手によって防がれた。だが、それによって別の悲劇の幕が上がったといったところだろう』


 カッコよさを感じる女性の声は告げる。


『だが、君なら大丈夫だろう。少なくとも私たちはそう思っている。目を覚ませ。君の取り柄は――当たって砕けることだろう?』


 砕けたらダメだろ――そんなことを突っ込みながら、律は自身の気持ちが不思議と落ち着いていることに気付く。


『今の君にとって、私たちの存在が気になるだろう。だが、残念だが多くを語る気はない。私たちはただ九十九(ヤツ)に対して這い蹲っていることに苛立ちを覚えただけの話だよ』


 女性はそう言って、まるでやれやれと言わんばかりの呆れた口調で告げる。


『ま、そう言うことよ。アタシは勿論、凛、菖蒲もそう思っているってこと』

『そうだにぃ。お兄さんにはしっかりと責任を取る必要があるにぃ』

『そうね。だから、早く立ち上がらないとね』


 そんな無茶苦茶な――律は思う。


『――と、言うわけだ。だから、さっさと立ち上がって九十九(ヤツ)に再び土の味をプレゼントするといい。九十九(ヤツ)魔法少女の力(ソレ)があるのなら、君にも魔法少女の力(ソレ)があるってこと。簡単な話だ』


 瞬間、暗闇の視界に一筋の光が差し込む。


『さあ、踏ん張りどころよ!』

『そういうことだから、頑張るにぃ!』

『ええ、ご活躍を期待してますね!』

『君ができるヤツであることを、私たちは知っている。恐れずに進むと良い』


 その時、その四人の顔を律は見た。

 見知らぬ人たちだった。

 だが、律を送り出すその顔はとても穏やかだった。


(よくわからないが、託された以上はやるしかないよな)


 視界が次第に白くなっていき――意識がハッキリとした。

 フラフラと律は立ち上がる。

 そして、九十九へと視線を向け、律は口を開いた。


「意味はわからないが、なんか託された。悪いけど、アンタに負けるワケにはいかない!」

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