第75話
フィニステラを手に、奏多がアンネリーゼへと踏み込む。
足の裏に魔力を溜めて炸裂させることにより、その間合いを一気に詰めることに成功する。
「へぇ、勇者みたいだねぇ?」
「勇者みたいじゃなくて、勇者なんでね」
振るったフィニステラが黒い雲により防がれる。
同時に奏多の腹部へ強烈な打撃が撃ち込まれた。
「こう見えて、体術もそれなりなんだよねぇ?」
腹部に突き刺さったのはアンネリーゼの足。
奏多はそのまま蹴り飛ばされる。
そんな最中、アンネリーゼの背後を秋雨が取っていた。
水之業・陽型――水串・剛。
水により形成された突撃槍が放たれる。
そして、更に秋雨は術を重ねる。
氷之業・陽型――八寒地獄・頞部陀。
強烈な冷気をアンネリーゼにぶつかると同時に、皮膚に水泡が生まれ、破裂する。
「ッ――乙女の肌になんてことをするのかなぁ!」
アンネリーゼが伸ばした腕を寸前で回避し、秋雨は後方へ跳んで距離を取る。
その間に水串・剛を黒い雲によって飲み干され、水泡の破裂によってアンネリーゼに与えた傷は修復される。
「我が権能、我が母、我が信仰の主。出て来て――御身の名はシューブ=ニググラトス」
ふよふよとアンネリーゼを取り巻いていた黒い雲が球体になる。
その球体になった雲の中から這い出す。
泡立つ雲のような肉塊の身体に、のたうつ黒い触手と黒い蹄の短い脚。そして黒い山羊の頭を持った異形。
漂う狂気が周囲の生命体を狂わせる。
「聖剣に宿りし神性を持って、我らに仇名す脅威を退けたまえ!」
奏多がフィニステラを掲げ、詠唱を口早に行う。
「結界術・聖陣」
周囲にいる人々を囲うように、金色の光を放つ結界が張られる。
それは目の前の異形が放つ狂気を妨害を防ぐためのもの。
ただの人間がその狂気に触れただけで発狂、。そのまま凶行に奔りかねないことを、奏多が即座に判断した結果だ。
「ふーん、小賢しい魔法だねぇ」
「……っるせぇ、これでも実績のある……結界術なんだよ」
奏多はフィニステラを地へ支えのように突き刺し、息絶え絶えに立っていた。
異形から放たれる狂気の濃度に何とか耐えている状態だった。
しかし、秋雨はその手に氷刃刀を握り、異形へと肉薄した。
氷之業・氷水混合変化――氷水一閃。
水之業と氷之業の合わせ技。
氷刃刀を振るった刃の軌跡は、氷のように冷たい水の刃となって、異形を斬り割く。
しかし、斬り割かれた傷は即座に修復されてしまう。
「化物が過ぎる」
「化物って酷いなぁ。彼女は豊穣の女神にして母神なんだよぉ」
「こんな神性がいて堪るかってんだ!」
異形から離れるように距離を取り、奏多の隣へと秋雨は降り立つ。
「庄司、顔色悪いぞ」
「……寧ろ、何で玉水は平気そうなんだよ」
「はっ、そんなもの――アンネリーゼを前にした時点で、俺の精神は既に狂気に呑まれてるだけだよ」
鼻で笑いながら秋雨は言う。
目の前に両親の敵がいるだけでも、秋雨の腸は煮えくり返っている。
それでも冷静に動きつつ思考を回せるのは、五行神家としての決意と意志があるからだ。
「へぇ、秋雨は私のことが憎くて憎くて仕方ないんだねぇ? 良いよ。もっと私を憎んで!」
異形がアンネリーゼの隣に並び立つ。
狂気が周囲の空気を澱ませる。
舗装されたアスファルトすらも腐らせ、臭気を立ち上らせる。
「庄司」
「何だ、玉水」
「4分30秒……時間稼げるか?」
「稼げって言うなら稼いでみせるさ。何か手があるのか?」
「限定解除を使う。制限時間は5分。その5分の内の4分30秒を相伝術式の出力増幅に使って、アンネリーゼに放つ」
制限時間のほぼ全てを相伝術式の出力増幅に使用し、その一撃に賭ける。
それは博打だった。
その相伝術式でアンネリーゼを仕留めきれなければ、秋雨は行動できなくなってしまう。
「限定解除とか、相伝術式とか、俺にはわからないが……それしか手が無いんだろ? だったら賭けようぜ」
奏多は頷き、再びフィニステラを構える。
「ギリギリまで時間を稼いで見せるさ! だから――確実に決めろよ!」
「ああ、任された!」




