第72話
「うっ……」
「雪、気がついた?」
「鈴音さん?」
雪が目覚め、鈴音の肩を借りながら立ち上がる。
それに気づいた九十九は口を開く。
「目覚めたか、桜目雪。まあ、良い。これで役者は揃ったか。ならば、舞台を整えるとしよう」
その言葉の後、九十九は詠唱を始める。
「絶望のほとり、果てぬ冥闇に決別を。多くの嘆きと哀しみを垣間見、救われぬ者たちの声を知る。これは現実を否定する自惚た自己満足に過ぎない。されど、私は向き合おう。これこそ天上の神々へ反旗を翻す正義無き愚か者の紡ぐ罪歌なり。蒼白の雷霆よ、刮目せよ。これは次元と事象を隔てる境界を創造する奇跡なり」
それは、とある魔法少女が行使した長文詠唱魔法。
対象範囲内の事象全てに干渉し、創造、巻き戻し、再演するご都合主義が形になった魔法。
今、世界は上書きされる。
地は一面の水面が広がり、壁は存在せず、頭上には雲ひとつない蒼穹が広がる。そして、蒼い稲妻が時折奔っていた。
「――落花再演の雷霆。これは『様々なものを失っても尚、諦めなかった彼女の最期の意志により発現した魔法』だ。さて、これで邪魔する者の介入の心配はなくなった」
九十九の行使した魔法に、マーリンは目を見開く。
「世界の構築だって⁉ これは結界なんて生易しいものじゃない。元々ある世界に新しい世界を、テクスチャーを上書きなんて、それこそ神の奇跡と言っても過言じゃないぞ!」
常識を覆す頂上の魔法。
それはマーリンですら再現できないものだった。
「……人の意志というものは、時に神の想像すら超越する。ああ――これこそが生命体としての強度を強くするのだろうな」
「――ッ⁉」
瞬間、マーリンへ向かって九十九が動いた。
鎌を大きく振りかぶり、斬りつけようとする九十九。
しかし、その間に割り込み鎌を弾く者がいた――アルトリウスだ。
「マーリン、下がって!」
アルトリウスの言葉に頷き、マーリンは後方へ――雪と鈴音のいる場所まで下がる。
「なるほど、あの時よりも成長しているようだな聖剣使い」
「当然! これは僕のリベンジマッチでもあるからね」
そう言うアルトリウスだったが、マーリンへの攻撃に反応できたのは直感だった。
少しでも遅れていれば間に合わなかっただろう。
「余所見しているばあいかしら!」
横から九十九を飲み込まんとする魔力砲が突っ込んでくる。
だが、九十九はその魔力砲をその手の鎌で斬り割く。
「魔力ゴリラか」
「誰がゴリラよ! アタシはエリスティマって名前があるのよ!」
エリスティマの抗議の声を聞き流す九十九。
そんな中でアルトリウスが律へと言葉を掛ける。
「律だったかな。君の力を貸してほしい。いや、この戦いの要は君だよ」
確信めいた顔で告げるアルトリウス。
「……俺にはアイツの言うような力はない……と思う」
「そんなことは別に良いんだよ。だけど、彼が君に執着する理由が本当であるのなら、その身に力が眠っていることも事実かもしれない。だからこそ、僕はその可能性に賭けたい」
「それは……あまりにも博打が過ぎるんじゃないか?」
「そうかもしれないね。だけど、相手は僕たちを遥かに凌駕する頂点捕食者だよ。奴を倒す可能性があるのなら、僕はその可能性に全てを賭けするよ」
アルトリウスは当然のように告げる。
そのあまりの清々しさに、律は笑いが込み上がりそうになった。
だが、同時に意志が固まった。
九十九の思惑なぞ正直知ったことではない。だが、今この場を切り抜けなければならない。
己の中にある力を引き出せ――九十九の告げた言葉を、律は頭の中で繰り返す。
「恨まないでくれよ。正直、俺もよくわかっていないからさ」
「当然。例え、君の力が目覚めないとしても、そもそも負ける気はないけどね」
律は両腕を黒鉄に変え、アルトリウスは聖剣を構える。
「さあ、行こうか――律!」
「オーケー、アルトリウス!」
二人の意志を真っ向から受け止めた九十九は、そのフルフェイスの仮面の中で口角を上げた。




