第65話
律の有する術は、鈴音との修行により手にしたもの。
相伝術式は流石に無理ではあったが、それ以外の術については概ね習得できていた。問題は出力であり、限界解除を用いないと使用できない術もある。
更に問題はその頼みの綱である限定解除の制限時間は1分と極端に短い。
五行神家である秋雨も何とか5分保てるあたり、当主としての地力が下支えしている所以だろう。
限定解除は最後の切り札となる。
限定解除なしで九十九を相手取ることができるのか――律は対峙しながら、自身の実力不足に改めて歯噛みしてしまう。
だが、怖じ気づくわけにもいかない。
律は自身の両腕を黒鉄に変容させる。
金之業・陰型――黒鉄之腕。
「五行思想における金の術。それがこの新世界における桜目律の力か」
「前回からずっと意味の解らないことばかり言っているが、アンタは一体何なんだ!」
律は床を蹴り、九十九へと向かう。
後方では雪が術を放つ。
金之業・陽型――金剛飛刃。
金属で作られた複数の刃が九十九へと飛ぶ。
しかし、その刃の全てを九十九は赤黒い大鎌を手にし、叩き落とす。
「隙ありだ」
九十九の懐へ、律が入り込む。
そして、その腹部へ右拳を突き刺す。
金之業・陽型――金剛鉄波。
打ち込んだ拳から鉄の破片を混じえた波動が伝わる。
ただの人間であれば、この一撃で戦闘不能まで追いやれる。
しかし、阿蘇での戦闘の際、鈴音が九十九の背に打ち込んだ金剛鉄波でもピンピンしていた以上、この一撃では無意味だろう。
故に、律は更に追撃する。
金之業・相乗相剋変化――鉄火溶解撃。
少し前に律が神火守紅蓮より師事を受け習得した火之業を交えた術。
強過ぎる金属が火を飲み込み、中途半端に熱せられたものは溶解し、高温の金属となる。
本来は高温となった金属を衝撃波として打ち出すもの。
そんな術を律は突き刺したままの拳から衝撃波として打ち込むことで、九十九の体内から焼き焦がそうという荒業に出た。
「ッ――」
肉の焼けこげる臭いが律の鼻を撫でる。
あまり良い臭いではないだけに、律は思わず顔を顰めてしまうのだが――。
「……この程度で表情を歪めるとは、随分と温いな」
九十九の表情はフルフェイスの仮面により、だが声に苦悶の色は見られない。
「化物が過ぎるぞ⁉」
あまりの手応えの無さに、律は思わず叫ぶ。
幾ら不死身とは言え、多少の痛みは覚えるだろうと思っていただけに予想外だった。
九十九がぼそりと呟く。
「常在魔法、再発動――乙女の望んだ再起の物語」
一瞬だった。
ドゴッ――という鈍い音。
「カハッ⁉」
腹の奥底まである全ての空気が血と共に、律は口から吐き出す。
くの字に曲がる身体はそのまま宙を浮き、後方で控える雪まで吹き飛ばされる。
「律!」
飛ばされてきた律を雪は受け止めようとするが、衝撃を抑えきれず一緒に部屋の壁に叩きつけられた。
「――常在魔法・乙女の望んだ再起の物語。これは宝菊凛と呼ばれた少女の願いによって生まれた魔法だ。まあ、この世界の桜目律が知ることはないだろうがな」
壁から落ち、床で呻く律と雪を見下しながら、九十九は告げる。
「この常在魔法は私が敗北を認めない限り身体能力を向上させるもの。本来はその名の通り、常に発動し続けるものではあるのだ。今回は実力を見るために、一度切らせてもらっていた」
「……手を抜いていた、って……ことかよ?」
「そうだな。だが、私の知る桜目律は容易く上回って来たぞ」
「またワケのわかんねぇことを!」
律は雪に肩を貸しながら共に立ち上がる。
――と、雪が九十九へと口を開く。
「正直なところ、私は貴方に親しみを感じている。きっと貴方が本気であったなら、私と律は瞬く間に殺されていると思うの。だからこそ、問いたいの。貴方は一体何者なの?」
その問いに九十九は暫くの沈黙を保った。
そして、答える。
「答えるワケにはいかない。私は九十九であり、それ以上でも以下でもない」
「……そう。なら、実力で聞き出すしかないですね」
雪の力強い言葉に呼応するように、律は大きく頷く。
「アンタが何者かは知らないが、退くワケにはいかないんでね」
「――そうだ、それでいい」
律と雪の姿に、九十九は小さく呟く。
そして、声を張り上げて宣言する。
「全常在魔法を再発動! 『汝の死を願おう』、『女傑の決意に敬意を示す』、『乙女が抱いた純潔の恋心』、『乙女に誓った絶対の勝利』、『凶星が囁く狂愛の祝詞』」
九十九の纏う雰囲気が明らかに変化する。
先ほどまでも強烈な威圧感はあった。
だが、それ以上の何かを放つ存在が、律と雪の目の前に立っていた。
「さあ、桜目律よ。貴様の真価を見せてもらおう!」




