第46話
「そういえば秋雨は進路をどう考えているんだ?」
阿蘇山での一件から一週間が経ち、束の間の平穏が流れていた昼休み。
毎度のことながらメロンパンを齧っていた宗助が唐突にそんなことを聞いてきた。
「突然どうしたんだ――って、進路は考える時期になりつつあるのか」
夏休み中の一件から阿蘇山での一件と立て続けに起こった事件もあり、瞬く間に日は過ぎ去っていたが今や既に十月だ。
目標のある生徒は既に志望校を定めている頃だろうし、行動が遅い生徒もそろそろ考え始める頃合いではある。
「何も考えてなかったな」
「そうか。ま、いろいろ大変だったろうし、そんな暇もなかっただろうから仕方ねぇよ」
宗助はそう言って二個目のメロンパンを齧り始める。
進路――考え始めると自身が何も考えていなかったことに、秋雨は気づいた。
神水守家の当主になってから非日常の深みへと沈んでいったこともある。
何よりも両親をアンネリーゼに殺されたことで、自身の日常は完全に無くなったと時間していたこともあるだろう。
今更、日常にしがみつくことが果たして正しいのか――秋雨は疑問に思う。
「なーんか、難しいこと考えてる顔してんな」
メロンパンを齧りながら宗助がジーっと秋雨の顔を見て、そう言う。
そんな二人の会話を耳にしたのか、何処からともなくエリスティマが入って来る。
「シューウが難しいことを考えているのはいつものことよ、ソースケ。それよりも進路の話なんて面白そうじゃない」
エリスティマもクラスに随分と馴染んで、放課後にはクラスメイトの女子とスイーツを食べに行ったりと楽し気な日々を送っている。
魔女会自体が自由人の集まる組織ということもあり、その雰囲気が学生生活と合っているのだろう。
「ま、アタシから言えることは心に従うべきってことかしらね」
「へえ、良いこというねぇ」
「当然でしょ! 自由を尊ぶ魔女にとって心に従うことは何よりも優先されるべきことだからね、ソースケ」
感心した様子の宗助に、エリスティマは胸を張って得意気な表情を浮かべていた。
秋雨としては魔女会の者は自由人=無法者でしかないと思っている。
唯一の常識人は聖剣使いだけである。
「アタシとしては五行神家に縛られる必要はないって思ってるわ。ソースケにはわからないと思うけど、アンネリーゼや九十九みたいな頂点捕食者がいる以上は確かに安心できないわ。だけど、それを理由に日常を諦めちゃう理由はないはずよ」
エリスティマは真面目な面持ちで言う。
そんな言葉に宗助は何度も首を縦に振っている。
「どんな選択をしても後悔はするもの。だけど、少しでも後悔が少ない人生を歩みたいわね」
「めっちゃわかるぜ。俺も後悔しないために今日は三個目のメロンパンを食べることにするぜ!」
懐から未開封のメロンパンを取り出し、高らかに宣言する宗助。
それを見て、秋雨とエリスティマは呆れた表情を思わず浮かべてしまった。
「メロンパン狂いは置いておくとして、シューウも普通の学生のように進路は考えておきなさい。ちなみに私は大学進学する気だからね」
「そうか。俺は……何がしたいんだろうな」
「さあ? だけど、そう言ったものを見つけるのが学校ってものじゃないの? 難しく考える必要はないわ。気楽にいくことね」
エリスティマの言葉に秋雨は深く頷いた。
自身が神水守家の当主になる前は何がしたかったのか――その時の記憶を辿っていくが何も思い出せない。
思考の海に沈みかけていた時、秋雨の耳にとある話題が届いた。
「異世界の王族が来日したんだって」
「確か今は奏多君が護衛として側にいるんでしょう」
「流石は異世界の勇者だぜ」
それは巷で話題になっているゾティークの王族であるミルディール・フォン・オルディーネの来日だ。
その美貌により数多くのファンを作り出すまでに時間はそうかからなかった。
同時に普段以上に鋭い顔つきをしている奏多の姿も話題となり、その見栄えの良さで特に若い女性の間で話題になっていた。
「――もうすぐ会談だったな」
「そう言えばそうね。イギリスからはアルトリウスとマーリンが来日する予定よ」
エリスティマはゲンナリとした様子で二人の名前を言う。
恐らくマーリンの存在が彼女をそんな表情をさせているのだろう。
秋雨としてもその気持ちは非常によくわかるところ。実際に顔を合わせたのは一度だけであったが、その強烈なキャラクターはきっと忘れることができないだろう。
「……嫌な予感がする」
「同感ね。無事で終われば御の字だけど、絶対に一波乱あるわよ」
秋雨とエリスティマの様子に、宗助が首を傾げる。
「でも、勇者組と秋雨とエリスティマちゃん、それに五行神家の当主がいるのなら安泰じゃないのか?」
「まあ、一般的にみるとそうかもね。だけど、相手が問題なのよ」
エリスティマの相手というのは頂点捕食者である者たち。
今回の会談を狙ってこない理由がない。
「なるようにしかならないか」
秋雨の言葉にエリスティマは大きく頷くのだった。




