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かくして秋雨は降る  作者: 霜月風炉
第二章
43/64

第43話

 夜も深まった骨董品屋。

 レジカウンターでコーヒーを嗜みながら読書に勤しんでいた玲香の耳に、来店を知らせる鐘の音が届いた。


「ごめんなさいね。既に閉店済みなのだけど――って、言うだけ無駄かしらね」


 本から視線を逸らすことなく玲香は、その来店者へ向けて言葉を投げかける。

 来店者は無言で真っ直ぐレジカウンターの前まで歩いて来る。


「さて、貴方の事は何と呼べば良いのかしら? 九十九? それとも――――」

「九十九で問題ない。その名はこの世界に二つも必要ないものだ」


 来店者はフルフェイスの黒い仮面の装着した男――九十九だった。

 玲香は本から一度も視線を逸らすことなく口を開く。


「わざわざ私の前に現れたのは、どういった風の吹き回し? 頂点捕食者として殺しにでも来たのかしら?」

「戯言を。私ではお前は殺せんよ」

「だけど、私も貴方を殺せないわ」


 ここで漸く本を閉じて、玲香は九十九へと視線を向けた。


「さて、何の用で私の前に現れたのかしら? 可能性の世界から訪れた頂点捕食者さん」

「愚問だな、地球の頂点捕食者よ」


 九十九の表情はフルフェイスの仮面で垣間見ることはできない。

 が、その声音から多少の怒りが籠っているように聞こえる。


「私は偶然この世界に落ち、桜目律に対する頂点捕食者としての役割を与えられたにすぎない。言わば、疑似的な存在でしかない。だが、お前は違う」


 仮面の中の九十九の視線が玲香へと向いている。


「頂点捕食者は言わば免疫機能である。だが、その本質は『人類を護る為に(・・・・・・・)人類と敵対する存在(・・・・・・・・・)』でなければならない。来る脅威に抗う為に、人類を一つ上のフェーズへと押し上げる――しかし、お前はその役割を放棄しているな」


 九十九の言葉に、玲香は面倒臭そうに溜め息を吐いた。


「役割……役割ねぇ。何をもって私を頂点捕食者に選んだのかは知らないけど、そんな面倒な役割を押し付けられて正直困ってるのよね」

「……アレクシスやアンネリーゼと同じ轍を踏む気か?」

「へぇ、あの二人も役割を放棄したのね?」

「その結果は散々たるものだったようだがな。故に、二人はこの地球の人類にテコ入れをしているに過ぎない」


 九十九の言葉に、玲香は顔を顰める。


「あー、私が役割放棄しているから代わりに役割を担おうってワケ? それは有難迷惑なんだけど?」

「ならば、お前が役割を果たすことだな」

「……時が来たら、果たすつもりではあるわよ」


 玲香は吐き捨てるように言う。

 その様子に九十九は少し考える素振りを見せ、口を開く。


「なるほど、その為の神水守秋雨か」

「どうかしらね。ただ、彼――秋雨は強くなるわ。貴方が桜目律に対して思うようにね」

「桜目律は強くなるのではなく、強くなければならない。それが奴の役割だからだ」


 九十九のその言葉に玲香は呆れた表情を浮かべる。


「……この世界の桜目律は、貴方の知っている桜目律とは異なっている。それは理解しているのでしょう?」

「例え世界が異なろうとも、奴の本質は変わらんよ。そして、姉である桜目雪もな」

「あ、そう。ま、今は役割を放棄しているけど、いずれ果たすわ。それは断言しましょう。頂点捕食者として、人類の壁となる。そして、私を討つのは――――」


 瞳を閉じて、玲香は口を閉ざす。

 九十九はその答えを知ってはいたが、口に出すことはなかった。


「時間は残されていない。それだけは理解することだ」

「ええ、言われなくとも理解しているわ。ただ、準備は必要でしょう?」

「そうだな。ルクシャ・ハーナを取り逃がすようでは、まだまだ実力が足りていないな」


 九十九の言葉に、玲香はムッとした表情を浮かべた。


「私の愛弟子を馬鹿にでもしているのかしら? 遠縁とは言え、この二年で神水守家の当主になり、実力も色格の紫に相応しい実力へ足を踏み入れた。その成長速度には目を見張るものはあると思っているわ」

「それでもだ。アンネリーゼ、ルクシャ・ハーナと頂点捕食者を相手にし、生き残ったことに対しては賞賛に値する。だが、まだ足りない。果たして、お前が考える通りになるのかね?」


 九十九の冷めた言葉に、玲香は「やれやれ」と首を振る。

 そして、力強い言葉と共に断言する。


「なるわ。ええ、だって秋雨は私の最初にして最後の弟子だもの」

「…………そうか。それが夢想で終わらぬことを願っている」


 そう言って九十九は背を向ける。


「あら、帰るの?」

「何、お前の考えは聞けた。私は時が訪れるまでに私のやるべきことを成すだけだ」

「ふーん。ま、頑張ってとでも言っておくわね」

「ふん……ああ、最後に忠告だ」


 九十九は振り返ることなく言葉を続ける。


「近々、アレクシスが何かを仕掛けてくるだろう」

「あら、教えてくれの?」

「奴らとは利害が一致しているだけに過ぎん。だが、お前が見込んだ秋雨という少年がアレクシスに対してどこまで抗えるかを見させてもらうとしよう」


 そう言い残し、九十九は店から出て行った。

 扉の開閉の度になる鐘の音の余韻が響く。


「…………本当に、面倒なことね」


 玲香は吐き捨てるようにそう言った。

これにて第二章完結となります!

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