第33話
自分自身がどのような存在か――一言で述べるのなら『愚か者』。
少なくとも九十九自身はそう思っている。
フルフェイスの仮面の下がどうなっているのかは本人にしかわからない。
少しばかり離れたところから秋雨と律を一瞥し、沈黙を貫く。
そんな彼の隣にアンネリーゼの姿が在った。
「ねぇ、九十九君。秋雨の相手は私がしても良いかなぁ?」
「答えは否だ。今回、彼らの相手は私がすべてを担うと伝えていたはずだ」
「えぇ~、せっかくここまで来たのに遠くから眺めるだけはツマラナイんだどぉ?」
唇を尖らせたブーブー文句を垂れるアンネリーゼ。
しかし、九十九は気にも留めず、「ふむ」と一言溢す。
「神金守の当主は気付いたか。神水守秋雨と桜目律は何かしらを感じ取った程度のようだ」
「気づくだけでも十分じゃないのぉ? 秋雨は当然だと思うけど、その桜目律って何者かなぁ? パッと見た感じだと、そそられるモノも無いし、秋雨みたいに強いワケでもなさそうだけどぉ?」
ニヤニヤしながら九十九へ詰め寄るアンネリーゼに、九十九は気怠そうに押し返す。
「お前に語ることは何一つない。これは私と桜目律との間にある問題だ」
「ふーん。九十九君は秘密主義なんだねぇ。だけど、一応は仲間なんだし、話してくれても良いんじゃないのぉ?」
「…………」
少しの沈黙。
二人の間に流れる空気は冷め切っている。
九十九はアンネリーゼを微塵も信用していない。
勿論、仲間だと宣ったアンネリーゼ自身も九十九を信用しているわけでもない。
「何を聞きたいのかは知らないが、これ以上の詮索は許容しない。その気になればお前を殺すことも造作ではないぞ」
「えー、超再生がある私を、九十九君に殺せるのかなぁ?」
「その程度の力で対抗できると思っているのなら、とんだ思い上がりだ。私にとって、それは障害にもならない」
淡々とした口調で当たり前のように告げる九十九。
アンネリーゼは眉を顰め、不満気な口調で口を開く。
「ムカつくなぁ」
「勝手にムカついているといい。そうやって感情と快楽に身を任せて事を起こした結果、神水守秋雨に凍らされるたのだろう」
「だけど、秋雨の真価を見ることはできたよねぇ」
微塵も反省している様子のないアンネリーゼだ。
九十九としても彼女がそんなタイプではないことは重々承知しているので、今更腹も立たない。
「アンネリーゼ、お前の今回の役割はルクシャ・ハーナの封印解除だ。この地であれば可能だろう」
「まーねぇ。ルクシャ・ハーナが封印された地だし、火口まで下りないといけないところが面倒この上ないけどさぁ。まぁ、アレクシスからも念を押されて口酸っぱく言われちゃってるし、役割は果たすつもりだよぉ。その間の陽動を九十九君がやるって話だからねぇ」
心底不満そうな表情を浮かべてアンネリーゼが言う。
「私の目的とお前たちの計画が合致したに過ぎない。本来であればルクシャ・ハーナの封印解除を手伝う気は微塵もなかったのだがな」
「この世界の人類に対する試練と考えれば、封印解除はお誂え向きでだよぉ」
「それが失敗した時、この世界が支配されることになるのだが?」
「その時はその時だよねぇ。まあ、最悪の場合は、この地球のムカつく頂点捕食者がなんとかするんじゃないかなぁ?」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、そんな言葉をアンネリーゼが吐き捨てるように言う。
どうやら玲香に対して、並々ならぬ感情を抱えている様子だ。
「……所詮は無駄な心配か」
九十九は言う。
その言葉にアンネリーゼが首を傾げて問う。
「どういう意味かなぁ?」
「心配しなくともルクシャ・ハーナに支配されることはないということだ」
「断言しちゃうんだねぇ?」
「ああ、桜目律がいる以上、問題はない」
「……私としては秋雨がなんとかする予想なんだけどさぁ、その桜目律――彼に頂点捕食者を何とかできる力があるとは思えないんだけどぉ?」
アンネリーゼの目には唯の凡夫としか映らない。
突出した実力もなければ、強者の風格もない。
なんなら隣にいる女――桜目雪の方がまだ片鱗があるように思っていた。
しかし、九十九は断言する。
「桜目律はお前が思う以上の存在だ」
「……わかんないかなぁ? だけど、逆にそこまで言うなら少しだけ気になってきちゃったねぇ」
「戯け。お前はルクシャ・ハーナのことだけを考えておくことだ。私は私で目的を遂行するとしよう」
そう言い残し、九十九は霧のように霧散し、姿を消す。
一人残されたアンネリーゼは空を見上げながら言う。
「あーあ、今回は九十九君も張り切ってるし、遊べないかぁ。ま、次は本気で遊んであげるから楽しみにしててよね、秋雨」
その言葉は秋雨に届くことはない。
ただ、そう言ったアンネリーゼは自身の役割を果たすために、その場を立ち去るのだった。




