第32話
現場に到着した時にはエリスティマの口から魂が抜け出しそうな状況になっていた。
律と雪も少しだけ顔色が悪い。
馴れている秋雨はゲンナリとし、上機嫌なのは鈴音だけである。
「絶景の中を走るのは実に気持ちが良いものね。惜しむらくはマイカーじゃなかったことね」
「……ハイエースで出すスピードじゃなかったと思うんですけど?」
「そう? 一応横風や重心には気を付けていたよ?」
「そういう問題じゃないんですが……」
ホクホク顔の鈴音と困り顔の秋雨。
グロッキーなエリスティマが口を押えながら、口を開く。
「うっぷ……と、とりあえず、現場には……着いたのよね?」
リバースしないのは乙女の矜持か。
血の気の引いた表情でエリスティマは周囲をグルリと見回す。
人気は全くない。
それもそのはず、現在は立入禁止されているからだ。
「立入禁止の通達でもしてたんですか?」
「違いますよ。火山活動が活発で、元々立入禁止になっていただけです」
秋雨の疑問に答えたのは雪。
「とは言っても、この火山活動も封印されている頂点捕食者が活発化していることが原因みたいなんだけどな」
津が補足するように言う。
活発化する火山活動と頂点捕食者ルクシャ・ハーナ。そして、下僕の顕現数の増加。
何かしらの関連があると考えても不思議ではない。
「顕現した下僕は神金守家の術者で対抗しているね。よっぽどの上澄みが現れない限りは問題ないはず」
「なら、私たちが呼ばれたわけはなんなのよ?」
体調が戻ってきたのか、エリスティマの言葉に力が入りつつある。
しかし、エリスティマの言葉通りでもある。
今回は正式な任務として秋雨は此処を訪れている。
対抗できない下僕が現れたのかと思ったが、どうもそういうワケではないらしい。
「下僕以外の何者かによって、術者が襲撃されているんだよね」
困ったように鈴音が言う。
その言葉に秋雨は怪訝な表情を浮かべる。
下僕に対抗できる術者――ということは、赤以上の色格であることは間違いない。
そうなれば、ちょっと強い程度のはぐれ術者くらいなら問題なく対応できるはずだが……。
「青のはぐれでもいましたか?」
「いや、はぐれじゃないかな。正直、はぐれ程度なら神金守の術者が後れを取るはずないからね」
自信満々に胸を張りながら言う鈴音。
「襲撃された者の話を聞いたところ、全身フルフェイスの男に襲撃されたって話だったね」
その言葉にエリスティマの眉が動く。
ちなみに鈴音もそれは織り込み済みだったようだ。
「エリスティマちゃんに聞いたことも踏まえると、九十九って人の可能性が高いね」
「いや、絶対そうよ。あのクソ仮面。人を試すようなことをして、半殺しくらいはするけど致命傷だけは絶対に避けてるもの」
対峙した時のことを思い出したのか、エリスティマが地団太を踏み始める。
「……俺たちが呼ばれたのは、そのフルフェイス――九十九と対峙する為ってことですか」
「そういうことだね。とは言っても、神出鬼没みたいだから適当にフラフラしてパトロールくらいしか出来ることはないけどね」
九十九の目的が分からず、更には神出鬼没である以上、秋雨たちとしても何かできることはない。
「せっかくなら火口でも見に行きましょうか?」
「……姉さん、遊びに来たわけじゃないんだぞ。それに火山ガスの影響もあって、一般開放されていないんだから無理に決まってるだろ」
呆れた様子で律は雪に言う。
「別に見に行っても良いよ。火山ガス程度で倒れるような君たちじゃないよね?」
そんなことを言い始める鈴音に、律は何とも言えない微妙な表情を浮かべつつ「それはそうだが……」と口籠るような声で呟く。
実際、火山ガス程度で動けなくなるようでは下僕を相手にもできないだろう。
「観光ついでに……失礼――パトロールついでに観光しようか」
鈴音の言葉に雪が「はーい」と元気よく返事をする。
津は「姉さん……」と冷たい視線を向けている。
「観光! さあ、行くわよ、シューウ!」
車から降りて直ぐは死にそうな顔をしていたのに、今やその気配すら感じられない。
観光という言葉だけを脳内でリフレインしているのだろうか。
とにかくハイテンションで鼻歌まで始めるエリスティマだ。
「はぁ、わかった、よ――っ⁉」
不意に強烈な視線を感じ、秋雨は反射的に臨戦態勢をとった。
同じく何かを感じ取った様子の律も視線を鋭くして、周囲を警戒している。
しかし、二人以外は何も感じなかったのかキョトンとしている。
「何してるのよ?」
エリスティマは怪訝な様子で言う。
視線は感じなくなっていた。
「……いや、何でもない」
秋雨は周囲をグルリと見回しながら、首を傾げる。
「律、何かあったの?」
「…………見られているような気がしただけだよ。今は感じないけどね」
津も首を傾げながら、そう答える。
一方、
「………………ふーん、まずはこちらを観察ってところかな」
そんな彼らの様子を眺めながら、鈴音だけは口元を緩めながらそう呟くのだった。




